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小説【お立ち寄り時間1分】パルフェの行き
「ねえ、死にかけたことある?」
彼女が、チョコレートサンデーを、今にも柄の折れそうな細いスプーンで突きながら、物憂いげに呟いた。
久しぶりのデートがファミレスだったからなのか、質問の意図が全く掴めない。
「新手の大喜利?」
「…ないの?」
ひとつ隣のボックスでは、野生の女子高生達が、スマホをいじりながら、各々の世界に没頭している。まるで、脈絡のない会話が可視化されたみたいだった。
「…あ、数年前のベルリン」
「クリスマスマーケット?」
「そうそう、土壇場でプラハに行ったとき」
駆け落ちするならプラハが良いな、と当時好きだった子が言っていたから、土壇場で行き先を変えたことは、黙っておくことにした。
「ちょうど行こうとしてたクリスマスマーケットに、大型車が突っ込んできたんだよね」
「テロってこと?」
「そうそう、プラハでテレビつけたら報道されてて、あれは、びっくりしたな」
時空が歪んだのかと思った。
映し出される、幸せなクリスマスマーケットがめちゃくちゃにされて、現場は騒然としていた。
もし行っていたら…と思うと、肝が冷えた。
「百合は?」
「キリストは世界を造ったと思う?って聞かれた時」
「ん?」
「私以外、みんなカトリックだったの」
「…ある意味死にかけてる」
百合は、またサンデーを少しずつ崩して、気だるげに食べはじめた。アイスクリームとチョコレートソースが綺麗なマーブル色を作りはじめる。
「あと、今も死にかけてる」
やっぱり、何かがおかしい。
いつもの百合なら、もっと口数が多くて、好物のサンデーなんか、あっという間に平らげて、パフェも食べちゃおうかな〜って上機嫌なはずなのに。
「…百合、どうした?」
もしかして、別れ話でもされるのかな。
それとも、何か大きな病気にでもなったのか。
いつもと違う百合が怖くなって、でもこのままじゃよくないって、百合の気持ちが聞きたくて、言葉より感情が先走った。
よくドラマとか映画とかだと、大方、ファミレスで別れ話が始まる。あれは付き合いが長くなって、絶対予約しなきゃいけないお店から、少しずつ、少しずつ緩くなっていって、最終形態がファミレスなんだよ、と言っていた百合の言葉が、くっきり、はっきり反芻する。
最終形態がファミレス。
最終形態がファ…。
最終形態…。
今、僕たちがいるのは、紛れもなくファミレス。
もしかして、昨日から伏線張っていた…?
韻どころか地雷を踏んだかもしれないことに気がつく。
あれ、もしかして、伏線回収される…?
「…お財布忘れてきた」
ん?
お財布
お財布…?
「え、財布?」
「うん、この後ちょっと良いお店でしょ?」
「あ、そう、って、あっ!」
「ふふふ」
サプライズをしようとしていたのに、まんまとネタバレをさせられたことに気がつく。
やられた〜、と思って、向かいに座る百合を見ると、いつもみたいに、楽しそうにクスクスと笑っていた。
「別れ話でもされると思ったんでしょ?」
「…ご名答です」
「死にかけたでしょ?」
「参りました」
あっという間に、外は暗くなっていた。
イルミネーションが、キラキラと眩しい。
百合は、一歩先を歩いて、今にもスキップしそうなくらい楽しげだ。
君のマフラーが、右左と忙しなく踊る。
いま一度、ポケットの小さな膨らみを確認する。
予約も夜景の見える窓際も、花束も手配済みだ。
流石に、貸切はできなかったけれど。
よし、準備万端。
ねえ百合、死にかけるよ。
指輪のサイズ、オートクチュールだからさ。
人生最大の仕掛けに、君はまだ気づいていない。