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小説【お立ち寄り時間1分】冬という季節を彩る僕たちは
「春って、どんな季節だったのかな?」
「あー、さっきの授業?」
丁度、日本史の授業が終わったところだった。君が、窓の外をぼんやりみつめながら呟く。
世界は、飽きるほどに真っ白だ。
太陽が姿を消してからどのくらい経ったのだろう。祖母がこの間、息を引き取った。『小陽』という名前で、『春』という季節に生まれたから、と言っていた。
雪がほどけると『春』になる。
『春』は、喜びを連れてくる。
『春』は、木々や草木が芽吹いて、命が咲き乱れる。
『春』は、はじまりの季節。
『春』を教えてくれる祖母の顔は、いつも以上に穏やかだった。
「春は、幸せな季節、たぶん」
「もし、この冬が終わったら、春はくるかな?」
過激な気候変動により、ひとつずつ季節が死んでいった。最後に残ったのは長い冬で、冬が死んだら一体何が残るのか、まだ未熟な僕でさえも、心が居場所を探していた。
今日も相変わらぬ、雪景色を見つめる君は、4月生まれ。『春』と言われていた季節にあたる。本当の『春』に生まれていたら、君は何か違っていたのだろうか。君を形作るあらゆる事象が。
色さえなくなってしまったこの世界で、木々も空も、そして幸せも少しずつ凍っていく。もう、人も食料も住む場所も、自分たちでは選べない。
もしかすると、愛することでさえも手放すときがくるのだろうか。心もこのまま、まるで雪の結晶が崩れ去るように、息を引き取るのだろうか。
それはもう、あっという間に。
あと一センチの距離にある、君の手に触れるかわりに、言葉を繋ぐ。
「君は、冬が嫌い?」
「え…?」
「…やっぱり、忘れて」
質問が着地点を失っていく。
衝動的に聞いて、繋ぐ言葉が見つからなくて、救いを求めるように時計を見る。次の授業まで、あと5分。
「冬、好きよ」
「え…?」
「生クリームたっぷりのココアも、雪の結晶も、暖炉の灯も」
「…薪を割るの、結構な重労働だけど」
「それにね」
「うん?」
「生まれてこのかた、冬しか知らないもの」
君の花が咲いたような笑い声が耳をくすぐる。
冬しか知らない僕たちは、冬と言う季節を深く、そして色濃く知っている。
とびきり寒い日の暖炉の熱。
新しい日の、足跡一つない真新しい雪景色。
君のかじかんだ指先を、そっと包みたくなるあの衝動。
「あとね」
「うん?」
「あなたがいれば、それだけで」
授業開始のチャイムが、朝の目覚ましのように、けたたましく鳴る。祖母の時代から、チャイムの音は変わっていないらしい。季節が失われていった中で、変わらない日常は、どこ吹く風と滑稽だ。でも、どこにでもある平凡で、何気ない日常に救われる。
君がいる。
それだけで。
「…抜け出してココアでもどうかな?」
「二人だけの秘密ね」
今日は、稀にみる大雪らしい。
眩しくて、真っ白なパレットが辺り一面に広がる。
このむせかえるような感情に、名前をつけるとしたら、おそらくそれは、『春』だ。
冬は、色が踊る季節。
それはもう、眩暈がするほどに。
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