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小説【お立ち寄り時間1分】真昼の影踏み


「…どちら様でしょうか…?」



朝、リビングに向かうと、家族が怯えた表情でこちらを見ていた。まるで、後ろから銃を突きつけられたように。

「朝から、変な冗談はやめてよ」

そう呟いて、リビングのいつもの席に着き、新聞を読もうとしたが、休刊なのだろうか。いつもの新聞はなかった。

「…今日って、新聞お休みだったっけ?」
「…ほ、本当にあなた誰なの?!」

振り向くと、リビングに金切り声がこだまする。手には包丁が握られていた。

「…お、落ち着いて、私だよ」
「あなたなんか知らないわよ!」
「ほ、ほら、写真に…」

記念写真を見ると、そこに私はいなかった。私だけ、そっくり抜け落ちていた。ぽっかり空白だった。まるで、最初からいなかったみたいに。

「…な、なんで…」
「で、出ていかないと警察呼ぶから!!!!」

鬼のような形相を目の当たりにし、咄嗟に鞄を手にとり、玄関から飛び出した。遠くでパトカーのサイレンがうるさく響き渡る。


夢をみているのか。


パトカーの音が近づいてくるのが分かる。急いで、車に飛び乗り、とりあえず職場へ向かう。

「あれ、外勤じゃなかったの?」
「え…?」

職場に着くなり、上司から声をかけられる。
聞くところによると、『私』は、既に30分前に到着し、外勤に出かけたという。


一体、何が起こっているというのだ。

『私』が向かった先へ行くと、私そっくりの『私』が平然と営業所から出てきた。この野郎、と殴りかかろうとした時、後ろから声をかけられた。聞き覚えがないが、不思議と落ち着く声だった。

「おや、奇遇ですね」
「え…?」
「あなたも、影に奪われましたか」
「影…?」
「やっとお会いできました」

太陽が、やけに眩しかった。
目線を落とすと、彼もまた、影がなかった。

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