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雨の日には冷えたスプーンを―かわいくもなく、あざとくもないなら、いっそしたたかに―
※お立ち寄り時間…5分
「私、サファリパークのトラになりたいんだよね。」
真っ白な肌に、真っ赤なルージュを躊躇いなく引いていたYは、おもむろに私に話し始めたことがあった。当時、「ナチュラルメイク」や「すっぴん風メイク」なんかが流行りだしていて、そんなものどこ吹く風と好きなものを身につけるYが非常に眩しく見えたものである。
「サファリパークのトラ?」
「そう、サファリパークのトラ。」
なんと言葉を繋いだらいいのか頭を悩ませた。それと同時に、のびのびと自由に生きているように見えたYから出た言葉とは信じがたかった。
Y曰く、サファリパークのトラは、与えられた食事は必ず保障されているし、与えられた住み家は、外的から襲われることもない。そして、動物園と違ってそれなりの「自然」に住んでいる。程よく自由で、拘束されている「ちょうどいい」社会性だと言った。
一方で、「ナチュラルメイク」や「ゆるふわファッション」を上手に取り入れ、周りと上手に付き合っていたSは、大学卒業後に、爽やかな表情でこう語りかけてきた。
「私、ようやく虎から解放されたんだよね。」
Sの言うことには、周りから求められるイメージに沿うように生きていたという。ただ、就職活動をしていく上で、「私らしさ」という壁に遮られ、与えられたことを受け入れるだけじゃ、何も生まれないと気がついたそうだ。
Yは、与えられたものに対し、疑わずに受け取って生きてみたいといい、Sは、与えられたものに対して、受け入れられるかそうじゃないかを決められるように生きたいという。
さて、「虎」とは一体なんなのだろうか。
「虎」と聞いて思い出すのは、いつかの国語の教科書にあった「山月記」だ。主人公がある日姿を消し、親しい友人が見つけた時には、虎になっている。一節にこんな言葉ある。
「理由もわからずに押し付けられたものをおとなしく受け取って、理由もわからず... 理由もわからずに生きていくのが、我々生き物の定めだ。」
確かに、周りからのイメージやしきたり、習慣等、招かざる考えを押し付けられることがある。理不尽に怒鳴られ、予測不能な悪意に刺されることもある。
ただ、理由もわからずに、生きていくのが果たして本当に定めなのだろうか。
反抗したり、時には対話し、上手く折り合いをつけて不穏な感情とお別れをしたり。様々な葛藤と毎日毎日生活を営む。無意識に私たちは、変化と向き合っている。
時代や政治、歴史は、日々塗り替えられ変化を遂げる。そんな目まぐるしく日々が進んでいく中、変わらない自分でありたいと強く想う。数年前の流行やベストセラーなんて、きっと神様の気まぐれで、この先なにが起こるのか誰も推測ができない。
さて、一体何を指針に生きるか。
経験や失敗談
占いや風習
人生の教科書や先人の言葉
しっくりこない。
今を生きる「自分」
芯を持つこと。
地に足を付けること。
生きること。
少し前に見た映画は、毎朝起きると「顔」が変わっていって、同じ顔にはもう戻れない。毎朝違う人生を送る。けれども、内面の「自分」がすっからかんに変わることはない。
ずっと、ずっと一人の女性を想い続ける。例え想い人が遠くへ離れて行ってしまったとしても。
毎日、あらゆるものが有り余るほどの世界で私たちは生きている。海を越えた女流作家は
「ひとりでは多すぎる。ひとりではすべてを奪ってしまう。」
なんて言うけれど。
明るいニュースから暗いニュースまで、毎日、休む暇なく発信される。そこから何を選択し、何を捨てるか。誰も決めてくれない。正しい答えなんて転がっていない。
全て、自分自身で選んで、壊して、悩んで、失敗して学んでいくのだ。「自分」とは何かを。
と言いつつも、全て一人で判断し、解決するには、いささか無理がある。人に手助けや教えを求めることも時には必要だ。素直に、できない自分を認めて手を伸ばしてみる。怖いかもしれないけど、声を上げてみる。
疲れたなら、思いっきり自分を労わって、甘やかす。笑いたいときに笑って、泣きたいときに泣く。少しぐらい感情的になる日があってもいい。
思っていたのと違う結果になることもあるかもしれない。それでも、その行動はきっと「自分」を作ったり、壊したり、悩んだりして、10年後の自分を励ます経験になるはずだ。
YもSもどちらも正しくて、きっとどちらも間違っている。誰しもが心に「虎」を飼っており、日々、どう飼い慣らしていくのか頭を悩ませているのだ。案外、学生時代の教科書に答えが載っていたりするかも知れない。
ただ、本当に、サファリパークのトラは幸せなのか。こればかりは、永遠の謎である。