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柔道の思い出

 テレビをつけると、大嫌いなオリンピックのニュースばかりだ。
 さっきも、目の前のテレビでは、わざとらしいハイテンションで、柔道の話題をばらまいていた。もとより、僕には何の興味もない。どんな選手が出場しているのかも、皆目である。金メダルを期待されていた女子選手が敗退したらしいが……僕は、彼女の名前すら知らない。

 とはいえ……柔道というと、それなりの思い出がある。

 そう、中学生の時、なぜか柔道が必修で、あのダサーい柔道着を買わされたものだ。
 指導にあたったのは、生活指導を兼ねた、「怖い」で有名な教師であった。鈴木先生と言ったと思う。確か、地理か何かが専門で……中国の地名を必ず現地の発音どおりに覚えろと、言われたはず。
 例えば、「揚子江」を「ヤンツーチャン」みたいに……

 いずれにしても、実際の指導にあたって、なんと、僕が「投げられ役」に指名されたのだ。痩せて、チビのことだから……簡単に投げ捨てることが出来て、いろんな技を教えやすかったのだろう。当の鈴木先生は、いかにも柔道家という体格の巨漢なのだ。

 当然僕も、なぜいつも僕なのか? と聞いたことはある。ニヤリと笑われただけであった。僕の印象では、完全に教師によるイジメと認識したが……

 もちろん、始めからガンガン投げ飛ばされたわけではない。

 とりあえず、当のせんせ、「受け身」の重要性だけはヒツコク繰り返したものだ。なんでも、バイクに乗っていて横転した時、「受け身」のお陰でたいした怪我をせずに済んだ……というのが自慢らしかった。

 ついては、毎回の実践とあって……僕にして、知らず「受け身」が身に付いたのだろう。
 相当過激に投げ飛ばされても……痛いということもなく、……もしかしたら、クラス中で僕が一番「受け身」のマスターが早かったのかも知れない。

 そうは言っても、僕は中学生時代、柔道を楽しいとも面白いとも思ったことはなく、卒業すればオサラバと思っていたのだが……なんと!
 進学した高校でも、柔道が必修だったのだ。

 しかし、高校時代の柔道の授業中、生涯で一度……本来無縁のはずの、格闘技に於て痛快な思いを経験したのだ。

 高校は男子高の、どちらかと言えば「硬派」が校風とあって……僕などは完全に浮き上がっていた。……たぶん「軟派」に映ったらしいので、格好のイジメの対象だったのだろうが……僕は案外ヌルヌルと、これを受け流すタチであった。

 さて、問題の柔道の授業である。受け身が上手かったこともあって、珍しく教師から一目おかれてしまったのだが……これが、クラスの荒くれ者の一人には気にくわなかったらしい。こいつも中学時代に柔道をカジっていたらしく、勝手に乱取り相手(弱そうな奴)を選んでは、背負い投げとか一本背負いとかの大技をかけて威張っていたものだ。
 確か、近藤君と言ったと思う。

 その近藤君が、ついに僕をターゲットにしたのだ!
 たぶん、僕の体格から鑑みて……巴投げあたりで、ぶん投げてやろうと思ったのだろう。

 実を言うと、僕も若干負けず嫌いなところがあって……いつか誰かを投げ飛ばそうと企んでもいたのだ。実は唯一仲の良かった……近藤君に投げ飛ばされっぱなしの友人と、敢て乱取りの真似事をして庇っていたのだが……その間、身の丈に合った一つの技を磨いていたものである。
 そう。「小外刈り」。

 機会はおのずと訪れた。近藤君は、予想通り、乱取りで僕を選んだのだ。

 ここに至って、僕は中学当時の鈴木先生に感謝したものだ。
 近藤君がいくら技を放っても、全然僕には決まらないのだ。はっきり言って、巴投げなんか、滅多に決まるはずもないのだが……

 近藤君がイライラしているのが、判るのだ。自ずと、そこにスキも生まれる。手前に引いてみると、相手はこれに逆らう。
 今だ! 僕の小外刈りに、近藤君は見事にひっくりかえったのだ!
 しかも、受け身の方もいいかげんだったらしく、かなりダメージを食らったけはいであった。

 この瞬間に、近藤君は頭に来たのだろう。柔道の「礼」はどこへやら、手近のビンを片手に、殴り掛かってきたのだ。
 これを制止してくれたのが、柔道の教師であった。
「近藤、お前は負けたんだ。認めろ!」

 その後の記憶は僕にはあまりないのだが……少なくとも高校を卒業するまで、近藤君は僕をイジメの対象にすることはなかった。
 

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銀騎士カート
貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。