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寝物語

 寝物語……と言うと、同衾の男女の睦言を連想する人の方が多いかも知れないが、僕としては、子供を寝かしつける時の、絵本等の読み聞かせを思い浮かべる。

 たぶん、今でもお母さん達は、子供に何か物語を聞かせているのだろう。子供の情緒のためにも、これからも続けて欲しいと思っている。

 かく言う僕も、幼少の砌、お袋のみならず、父親というか兄貴代わりの叔父から寝物語を聞かされたものである。

 ところが、僕の場合聞かされたのは絵本などの既存の書物ではなく……常に即興の物語であった。貧乏人のことだし、子供を寝かしつけるための本の購入など躊躇ったのだろうか。

 お袋の話というのはかなり単純で、僕はガキながらすぐに飽きてしまった。物の見事にワンパターンなのだ。
 山で迷子になった子供が熊と出くわすのだが……この熊さん、とても親切で、子供を襲うどころか、人里まで送ってくれるのだ。
 感謝した子供は、お礼として、いろんな品物を熊さんにプレゼントするのだ。
 それだけの話である。当初は僕も喜んだものだ。テレビやラジオ、洗濯機や冷蔵庫までプレゼントして、熊さん家族も大喜び……子熊さんとも仲良くなってめでたし、めでたし。
 後になって思い返したことに、お袋が熊さん家族にプレゼントしたのは……目下の貧乏な我が家に、ぜひ欲しいと思われる電化製品当の品々のようであった。
 案外、お袋のメッセージとしては……大きくなったら、お母さんに色々プレゼントてね、と言いたかったのかも知れない。

 一方、叔父の繰り出した寝物語は、ずっと文学的であった。

 今でも、その滑り出しは覚えていて……後、僕自身小説の中に取り入れたほどである。

 そう。主人公の少年が、どこか高級別荘地の、夏山を望む寝室で目覚める……という所から始まるのだ。が、少年には一切の記憶がない。親兄弟も、自分が今までどこでとんな生活をしていたのかも皆目なのだ。
 頭を抱えている所……扉が開いて、ワゴンを押して一人の美少女が入ってくる。
たぶん、設定では主人公の少年は10歳ほど、少女の方は少し年上の12歳ほどだったと思う。
 ワゴンには紅茶とマドレーヌが載っていたはずで、案外叔父の頭にはプルーストがあったのだろう。
 ……詳しくは忘れたが、少年はこの少女と共に、失われた記憶を探す旅に出るのだ。

 なにせ、即興のお話である。翌日の夜、続きを聞きたくても……当の叔父ときたら、ほとんど覚えていない。ついては、かくかくしかじか……と僕が昨夜の話を説明する。時には、僕自身の創作も入ったはず。
 かくして、僕のイメージと叔父の即興を以て、殆どシュールな冒険譚が続くのだ。
確か、ダライラマが出てきたと思うのだが……今では、どんなストーリーであったかは皆目である。
 改めて思うのだが……僕は寝物語を聞くという建前で……実は、自らの想像力で遊んでいたのだろう。

 僕が、後年文学に目覚めた温床は、この寝物語にあったことに間違いはない。

 それにしても、叔父の語りになぜダライラマが出てきたのか……未だに謎である。

貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。