豆腐好き
昔からの古い商店が次々と閉店してゆくのをボヤイテいたところ……近場で最後に残る豆腐屋が店を畳んだ。
と言っても、この豆腐屋を利用したことはなかったのだが……雁擬が美味いという噂で、つい買ってみようと思っていたやさき、なんでもご主人が交通事故にあってしばし休業するとのこと。
買えないとなると、評判の雁擬……ぜひとも食いたくなる。我ながら、天の邪鬼である。
ところが、二箇月経ち、三箇月経ち……別に訊きはしなかったが、どうやらかなり年配らしいご主人……事故を機に引退を覚悟したらしい。たぶん、跡継ぎもいなかったのだろう。
実は、我が家では僕が中学か高校の頃から、売り歩きの豆腐屋が朝決まって豆腐を売りに来たものだ。豆腐を入れる容器に朝、水を張っておくのが僕の仕事でもあった。
ウッスラの記憶なのだが、「トーフー」と聞こえる、レトロなラッパの音を聞いたと思う。
確かに、この豆腐は美味かった。
実際の所、僕は豆腐は案外好きなのだ。ガキの頃、かなり頻繁に「煎り豆腐」を食べていたらしい。
まあ昨今「煎り豆腐」と言えば、人参やネギなどの野菜、時には鶏肉なども加えるのだろうが……僕がガキの頃食べたのは、ずっと単純な、豆腐だけを甘辛に煎ったものであった。確か、祖母が作ってくれたはず。
さて、先の豆腐屋だが、主役の豆腐以外も雁擬は肉厚でかなり好物だった。僕の場合一般よりかなり味を濃く甘辛に煮付けるのだが……それでいて、出汁もたっぷりと効かせると完全なオカズの主役を張れる一品に変身する。
そう。僕にとって濃い甘辛の、出汁を効かせた味は、卵焼きなどでも応用する定番なのだ。
しかし、豆腐料理と言って、一番愛するのはやはり「揚げ出し豆腐」である。
ところが、この「揚げ出し豆腐」……別に家庭の味というではなく……僕の独創というほどでもないが……雁擬同様副菜というより、主役のオカズとして名乗りをあげたのだ。
とにかく、かなり極端に水抜きをする。これをそんなに分厚くもなく切り、片栗粉を塗してごま油で揚げる。揚げ方もシラッとした色ではなく、かなりきつね色に近いまで揚げる。
味付けは、雁擬と同じくかなり濃い。にんべんの「つゆの素」を例にあげれば、
つゆの素 大さじ3杯
水 大さじ2杯
酒、みりん 適宜
これを鍋で一煮立ち……そこに水溶き片栗粉を入れてトロミをつける。
下品と言われようが、トロミもかなり強くつける。
これに下ろしショーガを添え、あさつきの小口切りをぶっかける。
安上がりな上、飯が何杯でも食える。
もはや「トーフー」のラッパこそ耳にしないが……豆腐くらいどこでも手に入るだろう。もとより豆腐とは元来、かくかくしかじか……などと御託を抜かす食通でもないので、スーパーの奴で充分。
さっそく、食べたくなってきた。