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験担ぎ
ちょっとした「験担ぎ」など、誰でも無意識のうちに実行しているかも知れない。
決まった電柱の右側をすり抜けるとか、ライターは必ず左手でヤスリを回すとか……
何か良い兆候があったとも思えなくても、どうもそうしないと落ち着かない、といった気分。
小学校から中学校あたりまで……色々と験担ぎに縛られていたことがあった。
下校途中、人家の塀から伸びている植物の葉っぱを千切る、靴は左から履く、校内で水を飲む場合の、決まった蛇口等々……今ではあまりバカバカしくて殆ど覚えていないが、起きてから寝るまで……これをしないと落ち着かないといった諸々の行為があったと思う。
当時の僕は「ちょろ松」という徒名の通り、落ち着きがなく、常にソワソワとしていたらしい。ある種の不安神経症だったのかも知れない。
不安から逃れたいがために、ある種の儀式を執り行う。クリスチャンが十字を切るような感じだろうか。
思えばお袋も……たぶん僕が幼少期、やたら病弱だったせいか、とある「神道」に入信し……そうは言っても、かなり自己流で、家族の病気など不安を感じると、決まって人差し指だけ立てて両手を組み、何やら呟いていたのを覚えている。
これ叉、自己流だと思うが、神棚の御札を取り上げ、僕が熱を出した時など、これで頭のあたりを撫で付けていた記憶もある。
僕が産まれるとすぐに父は女を作ってとんずら……赤ん坊の僕を一人抱えての不安の中、信仰の道に入り……様々な「験担ぎ」にも手を染めたのだろう。
たぶん、そんなお袋に育てられての影響なのかも知れない。
僕は一切宗教には無縁の人間であったが……あんがい「宗教もどき」として、数々の「験担ぎ」を取り入れたらしいのだ。
中学の時などは、決まって通る通学途中の道筋にある左右の表札をいちいち目で確かめないと不安になり……つては、殆どの名字を暗記してしまったほどだ。
この記憶力を、勉強に向けていればと思うのだが……
そして、今でも覚えている最大の験担ぎが……自ら命名したところの「川流し」であった。
そう。下校途中に川があって、その川に何でもいいから何かを捨てて流すという行為である。
きっかけは、……途轍もなく点数の悪かったテスト用紙を、家に持ち帰るのも怒られそうで、丸めて、つい川に放り込んだのが初めであった。
なかったことにしたかったのだろうか?
ついてはこれが機縁になって、川を渡す橋を渡るたびに、何かを流さなくては気がすまなくなったらしい。
なんでもいいのだ。チビた鉛筆でも、消しゴムのカケラでも、ティッシュでも、紙くずでも、……時には流すものがなくて、ポケットの中の糸クズを投げ込んだこともあった。
そして、ある日……とんでもない不安に襲われたのだ。
もし、投げ捨てるものがなくなったとしたら……自らの身を投げるのではないか……と。
そんな僕の、へたをすれば「身投げ」すらしかねない、幾分異常とも言える「験担ぎ」を引き止めてくれたのが……何を隠そう、初めてとも言える「恋」の力であった。
そう、このnoteにも何度か登場した……憧れの順子さんである。
バスケット部とチアリーダー部の掛け持ちながら、成績はベスト5を維持……ちょっと色黒だったけど、スラリとした長身の、涼しい目元と、微笑みを湛えた口元。
クラスは違ったけれど、僕は、いつも窓にかじり付いて……決まって遅刻ギリギリに駆け込んでくる順子さんに憧れの眼を向けていたのだ。
その順子さんと……ちょっと成績の良い生徒だけの特別編成のクラスで一緒になり、しかも彼女は僕の前の席だったのだ!
これまでにも書いたのだけれど、繰り返させて欲しい。
僕は勇気を振り絞って、前席の順子さんに声を掛け、ノートを見せてもらったのだ。
順子さんは気さくに応じてくれ、身体をキュッと捻って、僕にノートを差し出す。
その時目の入った……小振りながらも、美しい胸の膨らみ!
もう、お分かりかもしれないが……その日の下校に於て、僕の頭の中は順子さんのことで一杯になってしまい……件の川を渡った時にも、それまでの「験担ぎ」のことをすっかりと失念していたのだ。
順子さんとの恋は、実を結ばなかったけれど……少なくとも、僕は異常な「験担ぎ」からは見事に卒業できたのだ。
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