いのちの時間
公園のベンチに座して、しばしつい目の前の古木を見詰めてみた。何の木なのかは判然としないが、根元から二つの胴体が捻じれるように聳え立ち、なかなか貫録がある。
僕が子供の頃でさえ、すでにして巨木というふぜいであったのかも知れない。
やがて僕が成人し、家族が一人、二人とこの世から旅立っていったが……目の前の巨木は、何事もなかったように……そこに命を保ち続けていたのだろう。
しかし、当の巨木にしたところで……遙か昔には、子供の手でも引き抜けるほどの苗木だったはずだ。
樹木は動かない……と、思い込んでいるのだが、もし、一年に一枚程度のコマドリで早送りしたら、……おそらく幼い苗が天に向かって伸び、やがては曇をも鷲掴みにする意気込みで成長してゆく姿に目を見張ることだろう。
思えば、人間という生き物は、自分を基準として時間の感覚を掴んでいるらしい。
人間の寿命と比較しての、犬猫の寿命、昆虫の寿命……そして樹木の寿命。
詩歌でも歌われる、「カゲロウ」の命は果無いと言われる。やはり、人間を基準にした思い上がりなのかも知れない。
そう。カゲロウにはカゲロウの時間感覚があって、遙かに長寿の人間など……もしかしたら、殆ど動かない樹木のこどき存在と認識しているかも知れないのだ。
翻って、目の前の古木の眼差しで人間を見詰めるならば……はて、どういうことになるのか?
たかが百年にも満たぬ寿命……オギャーの生まれた赤子は、駆け足でもするように成長し年老いて……古木がつい目を反らしたとたん、すでに墓石の下の白骨と化しているのだろう。
僕はつい、目の前の古木に訊ねてみた。
「我々人間の命なんぞ……貴君の目から見れば、カゲロウと代わりは無いのでは?」
古木が答えることに、
「はっは、人間よ。何かを悟った気でもおるのかな? 実は、わしこそカゲロウなのだ」
「いかに?」
「ついそこの石の眼差しで見られたならば……わしの命など……」
僕は、古木の脇の、小石を拾い上げ、つい質問を発してみた。
「小石よ、貴殿の目から見るなら……人間とはいかなる生き物か?」
石は……答えてくれなかった。