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無謀でも伝わる時がある(改稿版)

 音楽を愛する身でありながらも……小学校の頃、僕の音楽の評点は確か「2」じゃなかったかと、記憶している。
 とにかく、譜面が全く読めなかったのだ。それでも、ハーモニカやリコーダーは好きで、メロディーさえ覚えればなんとか対処できたものだ。
 ところが、音楽教師にはこれが許せなかったらしい。「ファ」の♯を吹いてみろと言われても、「シ」の♭を吹いてみろと言われても皆目なのだが、その音が出てくる曲ならきちんと演奏出来てしまうのだ。要は「勘」頼りで運指していたわけだ。
 
 かく言う僕のおかんも、小さい頃少しピアノを習っていたそうだが、全くの勘弾きで、童謡あたりなら演奏出来たし、ウクレレなんかも嗜んでいた。

 勘頼りの血筋なんだ、と開き直るしかない。

 とはいえ、僕は鍵盤楽器には全く勘が働かず、リコーダーの延長として、高校時代にはサックスに興味を持った。もちろん、中学の頃から、ロックやポップスと並行して聞いていたjazzへの関心もあったが……

 そして、無謀にも僕は大学に入ると、サックスをもってジャズバンドを組むことにしたのだ。
 僕のサックス(アルト後にテナー)、トランペットのT君、ピアノのO君、ベースのY君、そしてドラムのH君のカルテットである。
 ジャズ研に属していたわけではなく、当時潰れかけていたハワイアン同好会を「名前だけは残してくれ」という先輩の願いに乗じ、半ば乗っ取ったという形であった。同好会なのにメンバーはこの五人だけ。ただし、大学側への申請としては、形の上「パーム・コールズ」というハワイアンっぽい名前で許諾を得た。

 ちょっとメンバー紹介をしておこう、トランペットのT君は少しは譜面が読めたが、アドリブは頼りない。ピアノのO君は読譜力もあるリーダー格ながら、コンセプトは「モダンジャズ」とはほど遠く、テンションコードも覚束ない。ベースのY君にいたっては、ベースに触れるのも初めてというド素人であった。唯一ドラムの H君だけば、ジャズ好きの兄貴の影響で、そこそこ4ビート、8ビートもボサノバもこなしていた。

 かく言う僕はと言えば、相変わらず譜面も読めないくせに、ジャズ理論の要の役どころを務めるハメになった。もちろん、音楽理論の勉強もしたが、基本は、頼みの「勘」の押し売りであった。

 そんな折り、僕とピアノのO君に、たった一日ながらナイトクラブでのバイトの話が舞い込んだ。音楽業界の隠語で言う「トラ(エキストラの略)」というわけだ。

 役割は無名の演歌歌手のバックである。当の歌手からかなり丁寧な物腰で譜面を渡されたが、ピアノのO君はいいにしてても、サックス(この時はアルト)の僕は、バンドリーダーのテナーサックス担当の人に譜面が読めないことを訴えた。

 ありがたいことに、当のリーター曰く……

 「マウスピースくわえて、吹いてるフリでいいさ……どうせ分かりっこない……」

 とにかく、僕はなんともやりきれぬままに、「フリ」のままで演歌歌手のステージを終えることが出来た。他のメンバーに白眼視されたことは言うまでもない。

 さて、演歌歌手のステージが終わった後は、バンドが好きに演奏していいというフリータイムなのだ!
 「頼むぜ!」
 リーダーが僕の肩を叩く。
 やってやろーじゃねぇか! 僕の無謀の血が騒ぐ。

 リーダーのテナーが咆哮する。コルトレーン、マイルスの曲からスタンダードまで……
 僕も負けじと、アドリブで応酬する。もとより「勘」頼りの、半ばデタラメに近い、それでもドルフィーばりのトリッキーな音も加味して、自分の全力だけはこめたつもりだった。
 だんだん乗ってくる。リーダーのテナーも、白熱してくる手応えがヒシヒシと伝わってくる。白眼視していたバックのドラムもベースも、そしてO君も……しだいに一体化してゆくのが体感できるのだ!
 もとより音量は、演歌の伴奏とは違ってデカくなる。クラブの従業員が時に、手を振り降ろして「ヴォリュームを押さえろ」と注意する。

  知ったことか!

 小一時間演奏は続き、僕らは楽屋に引きあげた。その時、テナーのリーダーが僕の肩ほポンと叩いてこう言ってくれたのだ。

 「ありがとう! 俺、久しぶりにジャズやった気分になれたよ……」

 四十がらみの、ちょっと生活に疲れた感じのショボイオヤジながら、本当に目が輝いていたのを今でも覚えている。
 「お前、やるじゃないか!」
 白眼視していたメンバーも、激励してくれるのだ。

 勘頼りの僕らのへっぽこバンドはその後卒業まで、三回ほどのコンサートを打った。一度はチケットを作りカネまで取って……

 無謀でもデタラメでも、本当に願いを込めた時、必ず何かを人に伝えることが出来る……忘れ得ぬ、僕の貴重な体験だった……

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銀騎士カート
貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。