悪夢と目覚まし時計
この世の中で何に憎しみを覚えるかと言えば……「目覚まし時計」は、その筆頭かも知れない。
もとより、この機械仕掛けの悪魔がいなくては仕事に遅れ、生活にも支障を来すことは間違いないが……
とりあえず、ベルが鳴り渡れば……とたんに目を覚まし、悪態の呪詛を唱えつつも床から抜けるに吝かではない。
そんな僕なのだが、先だって……なんと目覚ましのベルが鳴っているにの目が覚めず、延々と十分ほど電池の浪費を続けてまったのだ。
ちょっと思い返してみたのだが、ついぞそんな失態の記憶はない。
たぶん夜更かしで睡眠が足らなかったせいと当時に、布団と毛布を頭からスッポリと被っていたせいで、音量が減殺されたのかも知れない。
いずれにしても、目覚める前の十数分の間……とんでもない悪夢に魘されてしまったのだ。
……前後の状況は不分明なのだが……覚えているのは、とある廃屋で冬に鳴く虫の調べを聞く会、というのが開催され……僕もその場に出席している所から夢は始まる。
集まっている人は5、6人……その全てが餓鬼道の餓鬼さながらに骨と皮だけの、異様なふぜいのだ。
痩せっぽちの僕が、いっそふくよかと思えるほどに……
それでも、いつまで待っても「冬の虫」の調べは聞こえない。僕はつい、そのことを口にする。すると、餓鬼の一人が言うことに、
「あんたが、虫を飼ってるんだろ。早く出せ!」
「なんのコトかな?」
「ふざけるな。あんたが、夢食う虫をお披露目するって聞いて、集まってきたんじゃないか」
「僕が……それに、夢食う虫って?」
「頼むぜ。俺達はもう夢食う虫を飼育できるほど裕福じゃないけど……あんたは結構金持ちだって聞いたぜ」
次の瞬間……僕の身体中の毛穴が開いて……本当に目視出来るまでに大きく開いて……なんとそこから何十匹もの虫が這い出してくるのだ。
蚯蚓のようなもの、黒いてんとう虫みたいなもの、羽のない蛾や、ミジンコとか茶バネゴキブリ……他にも、ナメクジとかカタツムリのごく小さい奴とか……そんな生き物がウネウネと這い出してくるのだ。
「始まったぞ! 始まったぞ! 夢食う虫の調べを早く聞かせてくれ!」
とたんに……僕の全身の皮膚から抜け床に散らばった虫達が、鳴き始める。
なにが虫の音だ! 神経を逆撫でする、生理的不快感を催すような……おぞましい鳴き声。
僕は、床に散らばった虫達を次から次へと潰し始める。火傷の水疱を破いているような感触が指に纏い付く。
それでも、鳴きつづける虫の音はいっこうに治まらない。
僕は、身もだえし……自らの叫びを以て、虫達の不快な鳴き声を相殺しようと喉に力を入れ……
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……そこに至って、僕はようやく不快な虫の音が、目覚ましのベルであることに思い至ったのだ。