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ナカデ君との思い出

 完全に惰性ではあるが、僕は毎年、地元のお祭りに寄付をしている。まあ、500円程度であるが、掲示板あたりに名前が小さく載る。

 とはいえ、元来、祭の神輿とか山車とかの神事は好きになれず……せいぜい暗くなってから、神社境内の出店を覗く程度である。

 が……ここ何年かは、これも控えている。子供時代は、祭に限らず縁日などで繰り広げられる出店の賑わいは好きだったのだが、この所、すっかり足が遠のいてしまった。

 元来、出店などで商われる商品は……特別珍奇というでもなく、いっそチャチのふぜいなのだが、かっては、出店の集う境内には夢が漂っていたと思う。
 トレーに入った焼きそばなど、石段をベンチ代わりに食べるとやけに美味いのだが……夢の世界を離れ、自宅で食してみるならば……いっそ愕然とするはずだ。

 はて、かって夜店で見いだせた夢の世界とはなんだったのだろうか?

 僕は思うのだが……それは子供たち一人一人の想像力の作り上げる世界ではなかったのか。野放図の想像力を以てすれば、チャチな商品も魔法のグッズに変身するのだ。

 ……と、ここまで綴った所で、僕はふと「ナカデ君」のことを思い出した。

 小学生も低学年の頃だと思うが……ナカデ君はどこからか転校してきて、数ヶ月後には再びどこぞに引っ越していったのだが、忘れられない思い出がある。
 ナカデ君は大人しく、引っ込み思案のタチで……もしかしたら先生が僕に、仲良くしてね……とでも囁いたのかも知れない。

 当然、記憶は薄れている。ナカデ君の顔も全く覚えていない。にもかかわらず、僕とナカデ君はあたかも双子の兄弟のように、感性がピッタリと重なったのだ。

 そんなナカデ君と、僕はどんなコトをして遊んだのだろうか?

 少なくとも、他の友達のように玩具やゲームに興じた記憶はない。

 そう。二人連れ立って、トボトボ無言のまま歩いているばかりだったのだが、たった一度だけ、強烈に印象に残る遊びを経験したのだ。

 果たして、何遊びと呼んだらいいのだろうか? 

 当時、僕の家には小さいながら庭があって、紫陽花、クチナシ、雪柳、アオキ。……そんな木が植えてあったのたが、僕が覚えているのは、ナカデ君と二人、すでに落葉した紫陽花の側に座り込み、枝を両手に掴んでいる姿なのだ。

 はっきり言おう。僕とナカデ君の二人は、既存の玩具でもゲームでもない、「想像力」という、とびっきり豪華な玩具で遊んでいたのだ。
 二人が両手に握り締めた、何の変哲もない紫陽花の枝は……その時、三十世紀になっても不可能なほど優れた宇宙船の操縦桿だったのだ。
 僕とナカデ君は、いかなる打ち合わせもしなかった。それでも、お互いに判っていたのだ。
 ナカデ君が「行こう!」と、小さく叫ぶ。間髪を入れずに、僕は操縦桿を操る。宇宙船はあっと言う間に、星空に飛び立つ。とたん、You Tubeなんか糞を食らえの映像があたりに開ける。僕にも、ナカデ君にも見えるのだ。
 ナカデ君が、宇宙人の載った別の飛行船を想像する。とたん、僕にもそれが見える。そして僕が想像した、宇宙を掛ける飛竜もナカデ君には見えるのだ。誰が敵で、誰が味方か……何も言わなくても、判ってしまうのだ。
 今、僕の筆力ではその後繰り広げられた、ファンタジーを表現することは叶わない。
憐れむべし、僕はすでに少年時代を追放されてしまったのだから……

 ナカデ君はその直後、お母さんと一緒に僕の家を訪ね……再び転校する旨、仲良くしてくれて有り難うと言い残して……どこかに消えてしまった。
 何故か、その時中出君のお母さんが、僕の大好きな牛肉を手土産にしてくれたことを今でも覚えている。
 男の子同士だったし、歌の歌詞みたいに涙こそ流さなかったけれど……僕は信じていた。夢の中でなら、いつでも僕はナカデ君と会えることを……

 僕とナカデ君のファンタジーを、もし今の子供達に話したって、爆笑が返ってくるだけだろう。
 インターネットや進歩したゲームを駆使すれば……どんなファンタジーも容易く目の前に広がるのだから……
 ただし、言っておきたいこともある。どんなに素晴らしいグラフィックや冒険が展開されたとて、それは子供達の「想像力」とは無関係の……出来合いのメニューにすぎないのだと……

 思えば、縁日や祭の夜店から夢が消えてしまったのは、パソコンやスマホが行き渡り始めてからではないだろうか?

 確かに、「想像」することは辛く、マドロコシイ。一匹の怪獣を空想し、細部まで想像することは、一編の短編小説をものす位の力量を必要とするだろう。  
 しかし、スマホやパソコンを操りさえすれば……出来合いとはいえ、様々な「夢もどき」の怪獣は現前し、「夢もどき」の冒険も体験できるだろう。
 しかし、それは所詮……孫悟空の、憐れにして不遜な思い込みにすぎないのだ。

 想像力の翼を再び羽撃かせるためにも、ぜひともスマホなしで、夜店のチャチな、それでいて夢の端緒たる、生きた触覚に触れて欲しいのだが……果たして、臓器と癒着してしまった機械を無理やりに剥がす勇気ある子供達は、何人いるのだろうか?

貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。