「異世界」に行こう!
世に「異世界もの」というジャンルがある。今更説明の必要もないと思うが、アニメや漫画、ライト系ノベルなどでお馴染の世界だ。
これだけ隆盛を極めているからには、よほど現実世界をつまらないと認識している人達が多いのだろう。
確かに、人生「勝ち組」にとっては、この世はまさにカネで築き上げた「異世界」とも映るだろうが、やり切れない位に「格差社会」が定着しつつある現代に於ては、圧倒的大多数である「負け組」が、この世あらざる世界に遁走を夢見るのも分からぬではない。
学業も腕力も劣り、女の子にも当然持てない少年が、異世界では特殊な能力を発揮する……よくありそうなパターンではあるが、一時溜飲が下る快感を空想の中で追体験するのかも知れない。
いずれメタバースの仮想空間と現実とが、逆転してしまい……「現実の苦しさ」を単なる「悪夢」と断じて、目覚めている溌剌たる仮想空間をこそリアルと認識する時代も……いや、すでにその端緒は到来しているようだ。
別に難癖をつけるつもりもない。
ただし、一掴みの「勝ち組」が、歪んだ資本主義に反旗を翻す「負け組」の衝動を食い止めるには、有効な手立てでもあるだろう。
もかしたら、ある種の福祉として、メタバースへの入場に必要なツールを、格安で提供することも考えられる。
階級闘争などは、すでに神話の世界なのだ。一生を「ブルシットジョブ」に捧げる人生だとしても、それを「悪夢」と信じさせ、仮想空間に自己実現の希望を夢見させる……そんな政治が訪れる可能性もある。
しかし、考えるまでもなく、世に一番退屈な世界があるとすれば……それは「天国」ではないだろうか?
朝から晩まで、なんの苦労もなく、遊んで、カッコつけて、それだけで女子に持てて、……それが何年も何十年も繰り返される。なんのことはない、天国とは地獄の言い換えに過ぎないはずだ。
異世界もののアニメとはいえ、終始主人公が「カッコ良い」だけでは視聴率も上がらないだろう。異世界にあっても、バカにされ、己の無能を嘆き、悔し涙を流し……その果てに、埋もれていた自らの才に気付き、それを端緒に仲間にも信頼され……かくして、自らの夢の実現に命を賭して闘うこと……そうでなければ、シリーズも一クールとは持たないはずだ。
当然、敵対する連中は強ければ強いほど……叩きのめした時の快感は大きいだろう。
アニメは確かに面白いが、結局は他人の作った「娯楽」の世界に違いなく、さらに進んだメタバースの空間とて、他人の作ったプログラムの中の、ある種の「奴隷」なのかも知れない。そう。決して「主人」にも、本当の意味で「ヒーロー」にもなれないはずである。
アニメのヒーローに夢を託すのも、気晴らしとしては有効ではあるが……もし、本当の現実から目を背けたとすれば、たぶん当のヒーローに準えること自体、いっそやり切れないほどの矛盾を抱え込むことにもなりそうである。
本当の悪の帝国はアニメの世界ではなく、現実にこそ築かれつつあるのだ。
もし、何クールも続くとびっきりワクワクするファンタジーに遊びたいなら……本当のファンタジーの扉を開きたいなら、現実の巨悪にこそ牙ほむくべきではないだろうか?
物語の手順として、まずは三下の悪魔をやっけてみよう。
もし君が、バイト先でバカ店長に不当に怒鳴られたとしたなら……さあ、君が主役の、本当の意味での「異世界」の開幕なのだ!
もし人生が、どうしようもなく惨めに辛く感じられた瞬間があるとするならば……いっそ「シメシメ」と、口から血を流しながらもほくそ笑む……この時ばかりは、アニメのヒーローに準えるのも悪くはないだろう……