迷子
夢の中では屡々迷子になるのだが……子供時代を振り返ってみるに、とんと迷子になった記憶がない。
たぶん、迷子になって泣き出すような年ごろにあっては、お袋がシッカリと手を握ってくれたのだろう。
しかし夢の中では、僕は当然子供ではないはずなのだが……迷子の心細さに戸惑い、焦燥し、時には恐怖にもかられのだ。
大抵は、見知った街並みを歩いているのだが……ふと、近道だろうと馴染のない街角を右に左に曲がっているうちに……不意に、迷子になっていることに気付くのだ。
初めは、いずれ見知った街角にぶつかるだろうと楽観しているのだが……いつまでたっても見覚えのあるけしきにぶつからない。
そして少しずつ不安にかられるのだ。歩度も早まり、時には駆け足にもなる。そんな時に限って、急に暗くなって雨が降ってきたり、実際に日が没してしまうこともある。
月明かりを頼りに、僕は目に飛び込む道や電柱や家並、延々と続く石壁、生い茂る樹木、はたまた人通りの消えたビル街に、何やら驚異の念を抱き始める。
そう。視界に飛び込む世界を構成する全て……それこそ路傍の小石から、超高層のビル、はたまた思い出の泉から流れ込んできたみたいな昭和レトロの銭湯から、文房具店……、駄菓子屋、八百屋や魚屋……などなどが、それぞれ見過ごしてはならない、貴重な情報として、いっそ命ある生き物みたいに襲いかかってくるのだ。
僕は、その夥しい情報に一つ一つ解答を与えずにはいられない。そのために、頭の小道をかき回し、妄想の影を摘み挙げ、記憶のコードを手当たり次第に繋ぎ、解き……叉繋ぐ。
そして、やっと僕は気がつく。僕は時を遡ってしまったのだ。
モノクロームの校舎が見える。小学校だろうか? 中学校だろうか?
しかし、僕には判っている。そこはとっくに卒業してしまった世界なのだと。にもかかわらず、僕は校舎に踏込む。必ず、僕を見知っている友達なりに巡り合えることを期待して……
ダメだ……校舎は下校時間とはいえ多くの子供達がいるのに……誰も、僕に視線を向けてはくれないのだ。
僕は……そう、透明人間なのだろうか?
僕は無言の圧力に気圧されて、校舎を後にする……僕はのけ者なのだろう。
僕の夢は、たいていこのあたりで「幕」となる。
寝床の中で、僕はふと悲しくなる。小児に戻った僕の手をしっかりと受け止めてくれる、もう一つの手の温もりを僕は永遠に失ってしまったのだ。
憐れむべし。いかに足掻いても……小児の王国には二度と踏込めないのだろう……