すき焼きが食いたい
鰻もさることながら……それ以上に遠ざかっている食い物が「すき焼き」である。
少なくとも、一人暮らしになってからは全く食べたことがない。
思えば、「すき焼き」は我が家(母方)の、代表的な夕飯だったらしい。
羽振りのよかった祖父の大好物たったらしく、これで晩酌を楽しんだという。同時に、食卓を囲んだ祖母、母、叔父二人…にしても、早死にした祖父の思い出として、かなり頻繁にすき焼きを食卓に載せていたと聞く。
僕が生まれた頃は、貧乏所帯いみじくして贅沢には縁がなかったのだが……それでも、定期的に「すき焼き」を作っていたものだ。
しかも、この時ばかりはかなり贅沢に牛肉も上質な奴を買って、……僕にして、ガキの頃から大好物であった。
「すき焼き」と言っても、我が家の場合は東京ながら、いわいる「割り下」は使わない。詳らかではないが、関西風なのだろうか?
祖父が生きていた頃には、祖父自らが肉を焼いたという。
まず、鉄鍋に牛脂を入れ、ここに牛肉と砂糖を加えて焼く。そこに醤油を入れ、その後、ネギ、シラタケ、焼き豆腐、椎茸など加えるのだ。
味付けが単純なだけに、ちょっとでも牛肉をケチると、味が成り立たない。
これを溶き卵に入れて食うのだが……絶品であった。
時には、残った奴を丼に載せて、すき焼き丼にするのだが、これもこたえられなかった。
僕はこの味をいわいる「牛丼」だと思っていたので……後年、世間で言う所の、吉野家とか松屋の「牛丼」を食った時……なんじゃ、これは? ……と思ったものである。
味は薄いし、ぼんやりしていて、牛の美味みなんぞ皆目感じられなかったはず。
まあ、今ではすっかりと世間の「牛丼」にも慣れたが……
いずれにしても、今、つらつら思い出してみるのだが……最後に「すき焼き」を食ったのはいつのことだったか……
少なくとも鍋物なのだから……まだ家族がいた頃のことだろう。高校時代、せいぜい大学在学中……まあ、そんなところである。
もちろん、大学卒業後は無頼のバイト生活に入ったわけで……家族にして一人、叉一人とあの世に旅立ち……そして天涯孤独に身を置いてからは、「すき焼き」はおろか、多人数で啄ばむ「鍋料理」からはすっすりと遠ざかってしまった。
もとより、外食にこれを求めたこともない。
noteの記事では、鰻鰻、と言いつづけてきたのだが……この所ちと寒くもなって、出し抜けに「すき焼き」が食いたくなってきたのだ。
しかし、つい思い描いたととしても……どうもたった一人で「すき焼き」を食している様は変に見窄らしくて絵にならない。
なんとか節約して、それなりに高い牛肉を買って、「すき焼き」で晩酌でもしたいのだが……この時ばかりは、家族がいないという事が、いささか侘びしくもあるが……
まあ、愚痴を言っても始まるまい。目の前のパソコンの画面に、お気に入りのアニメのヒロイン勢ぞろいを以て、仮初めの家族と見立てる心積もりである。
貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。