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お葬式ごっこ

 だいぶ以前のことだが、陰湿な「お葬式ごっこ」というのが社会を騒がせたことがあった。教師も加わった「イジメ」として、かなりショッキングなニュースでもあった。

 実は、僕も小学生の頃、「お葬式ごっこ」の経験があるのだ。

 と言っても、「イジメ」とは無縁の、厳然たる「遊び」であった。

 後年「死と再生の儀式」という概念を知り、当時のことを思い出したしだいなのだが……実際のイニシエーションに於ては、成長の過程に於て疑似的な死を通過し、一人前の成人として再生するという儀式だろう。

 が、僕の場合はずっと魔術的というか、……そんな遊びであった。

 小学校も低学年の頃だ。まだヤンチャに目覚める前で……僕は、綾取りとか折り紙とか、女の子のような遊びが好きだったのだ。
 その頃、近所に同年代の女の子の姉妹がいて、なんとなくママゴトの仲間に入れられたことがあった。体のいいお父さん役である。

 そんなある日、姉妹のお姉さんの方が提案することに、

 「ねぇ、カート君……お葬式ごっこしようよ!」
 「お葬式ごっこって?」
 「そのままよ。エレンちゃんが死んじゃったんで、お葬式をしてあげたいの」
 「エレンちゃんって?」
 「家の犬に噛まれて、死んじゃったの」
 「……!」
 「待ってて……今、死体を持ってくるから」

 なんのことはない。エレン(仮名)ちゃんと言うのは、お人形のことで……実際に犬に噛まれ、お腹の詰め物がはみ出したものと知れた。

 僕は呆気にとられていたのだが……妹の方は、本当に涙を流して泣いていたのだ。どうやらエレンちゃんは、その妹の大切な友達だったらしい。

 僕達三人は、庭の隅にあって、エレンちゃんの骸をボール箱に安置する。ついでに……これはほとんどデタラメだったが、お経も唱える。僕も、家の仏壇から線香を一本くすねて火を付ける。

 次は埋葬である。小さな穴を掘り……最後に棺の蓋を外して、エレンちゃんに最後のお別れを言う。

 その時、僕は閃いたのだ!
そう。エレンちゃんのお腹は確かにパックリと裂かれていたけれど……もしかしたら、再生できかもと考えたのだ。
 幸い、祖母は裁縫が得意であった。僕は姉妹を伴い、棺のエレンちゃんを祖母に見せたのだ。
 その時、祖母は確かに再生の神であった。二、三度頷くと、裁縫箱を引き寄せ、針に糸を通すと……あっと言う間に魔法の手術を施してくれたのだ。
 ついでに、破れていたドレスも、キレイに修復する。

 疑いは無い! エレンちゃんは蘇ったのだ……

 姉妹、揃って泣き出したことを今でも僕は覚えている。

 もとより、僕は泣きはしなかったけれど……再生したエレンちゃんが、確かに呼吸を開始したように思えたのは事実であった。

 その後の記憶は、僕にはない。件の姉妹は、もちろん蘇ったエレンちゃん共々、直後どこかに引っ越していったのだ。

 しかし、僕にとってはこの「お葬式ごっこ」の体験は、確かに「死と再生の儀式」ではあったらしい。

 犬にお腹を裂かれた人形は、まさに僕の形代であり……蘇ったエレンちゃんは、少し成長した僕自身の象徴だっのかも知れない。

 そう。僕が、自転車に乗ることを覚え、綾取りや折り紙を卒業し、ナイフを手にしたヤンチャに生まれ変わったのは……その少し後のことであった。

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銀騎士カート
貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。