赤チンとビオフェルミン
子供の頃、家には必ず「赤チン」が常備されていたものだ。
水銀の問題などもあって、製造はとうに中止されているらしいが……僕としてはなんとも惜しい限りである。
子供というのは始終駆けずりまわつているもので、生傷は絶えない。その度に赤チンを塗る。手足の赤い斑点が勲章ですらあったのだ。
家族などは、あの派手な色を嫌って、今では「効かない藥」で有名なオロナインを使っていたが、僕は俄然「赤チン派」であった。
思い込みなのかも知れないが、昨今の消毒剤よりも、傷の治りが早かったようにも思えるのだ。
そう。傷に塗ったかと思うと……すぐにカサブタが出来る。ダメ……と家族からは言われていたが、これを剥ぐのも楽しみの一つであった。
お袋などは口内炎にも、赤チンを塗っていたようだ。
そしてもう一つ、赤チンと並んで常備されていたのが「ビオフェルミン」である。これは現在でも市販されているが……要は「整腸剤」のはず。
ところが、当時の僕はこれを胃腸全般に効く万能薬と信じていたフシがある。
下痢の時は無論だか……ちょっと食欲がない時、軽い胃痛、吐き気……なんとなく気分がすぐれない時などなど……
特に下痢の場合、説明書無視の量を飲むわけだが……殆ど一発で完治、副作用として逆に糞詰まりを引き起こす位であった。
実はこのビオフェルミンは、当時掛かり付けだった医師の勧めらしく……かなり高学年になるまで服用していた記憶がある。
今、見回しても赤チンはおろか、ビオフェルミンも手元にはない。
いや、何……それに類する医薬品ならば、それなりに常備はされているが、……それらは決して、夢のような万能薬ではない。
仮に、今「赤チン」が手に入り、かつ「ビオフェルミン」を薬店で買い求めたとしても……それらは多分、昔の「万能薬」ではないはず。
始終駆けずり回っていたあの時代……生きることの基本を生傷や下痢とともに体得していた……あの輝かしき時間にしか効力を発揮しない、魔法の藥だったのだろう。