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プレシオジテ

 先だって、チャリでいつもの公園に立ち寄ると……20代ほどの男性がベンチでギターの練習をしているのに目に止まった。
 僕も少し離れたベンチの木陰で涼みながら、耳を傾けることにした。
 たぶん、初心者なのだろう、8ビートストロークも覚束ないし、チューニングも狂っている。
 それでも彼は、なかなか熱心に、人目など全く気にする様子もなくストロークを繰り返す。
 不思議と、変に心が落ち着いてくる。そして考える。

 人目など気にしない……との印象を持ったのだが、案外真逆なのかも知れないのだ。
 楽器なんぞを操る人は、多分例外なしに、やはり人目は意識するはずである。少しでも上手くなって、「あいつカッコいいじゃん!」と思われたいはずだ。
 確かに、僕にだって経験はある。

 思えば、人目を意識するという姿勢は、言ってみれば「気取る」ことだろう。

 僕はふうっと……中学生時代のことを思い出した。
 これまでにも何度か登場した、順子さんのことだ。恐らく、僕が立体的に女性を好きになった初めての人と言っていいだろう。
 そう。順子さんは性格がいいだけでなく、勉強も出来……おまけにバスケ部の主将でもあったのだ。
 しかし、僕と順子さんとはクラスが違い……友達になることすら叶わない。

 が……天は僕を見捨てなかったのだ。

 そう。当時は僕も多少は成績のいいタチで、なんの弾みか……出来る子だけの特別クラスというのが編成されて、なんと……僕と順子さんとは同じクラスという僥倖に恵まれたのだ!
 しかも、僕の席のすぐ前が彼女の席なのだ。

 今でも覚えているのだが……僕はこの特別クラスに在籍していた当時、俄然勉強に集中できたのだ。ひたすら、順子さんから馬鹿にされたくない一心であった。

 加えて、この好機を手蔓に……なんとか順子さんと友達になりたいと画策もしたものだ。
 必要もないのに、ノートを見せてもらったり、無意味な質問を浴びせたり……

 順子さんはどんな理由であれ、気さくに僕の依頼に応えてくれる。
 前の席なのだ……順子さんは振り返って、僕にノートなどを渡してくれる。
  その時の、身体を捻り気味にした乳房の美しさを、僕は決して忘れない。小振りながらキュッと締まった乳房が、控え目に制服を盛り上げる!
 僕が一貫して、小振りの乳房を好み、アニメの少女のような巨乳を好きになれないのは、きっとこの時の美意識が刻印されているせいだろう。

 いけない……話が順子さんのことになると、どんどん脱線しそうである。

 いずれにしても、僕が特別クラスにあった頃の勉強の姿勢には、疑いも無い「気取り」があったのだ。まさしく「人の目」を……すなわち順子さんの眼差しを意識することで、普段よりも果然「気取って」いたことに間違いはない。

 僕は信じているのだが、楽器にしろ勉強にしろ、何かを成すのに一番必要なのは「気取り」ではないのかと……

 思えば、フランス語に「Préciosité」という言葉がある。有り体に言えば、社交界における「気取り」のことである。悪い意味で使われる向きもあるが、僕は以前この言葉をもじって、「プレショジる」という表現を「ちょっと気取る」という意味で使ったことがあった。

 たぶん、ベンチでカッコつけてギターの練習をしていた彼も、幾分「プレショジって」いたのかも知れないし……少なくとも、僕が小説を書いている時は、間違いなくかなり「プレショジって」書いているのだ。

 ちなみに、その後の僕と順子さんがどうなったのか……ぜひ、訊かないで頂きたい(^o^)

貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。