カジュアルが一番
僕はオシャレでもないし、オシャレのセンスにも自信はない。無論、知識も曖昧である。
ただし、夏は涼しければ、冬は温かければ……と言うほど無頓着でもない。
では、何を基本にファッションを組み立てるのかと言えば……何のことはない、一年中カジュアルなのだから、かくあらねば……という法則はない。
要は徹底的にフォーマル嫌いということだ。
フォーマルと言えば、冠婚葬祭位しか連想出来ないし、現に、これまでの人生に於ても、かかる場に出席したことは数えるほどしかない。
現に、まともにネクタイの結び方すら知らないのだ。親族の葬式の時も、一応は「青山」の安物の黒のスーツにこそ腕を通したが……ネクタイは、カジュアルでも使えるウェスタンタイをぶら下げて誤魔化してしまったほどだ。
いずれにしても、格式の高い世界には一切無縁の人間としあれば、頭の中にもこれに準ずるような身分や階級を重んずる思考はない。
人間とは何とも卑屈なもので……非日常の格式を目にすると、つい畏まってしまい……知らず自分を卑下する傾向にある。
そう。街中で有名人に出会った時とか、高級車から下りてきた盛装の人物に対しての態度を思い浮かべればいいだろう。
僕も何度か、そんな現場を目撃したことがある。
高校の時だが……同校を卒業した某タレントが、真っ赤な車に乗って校庭に乗り込んできたことがあった。凱旋のつもりたったのか? 要は、タレントという格式を以て、見栄を張りたかったのだろう。
この時、ちょうど授業中だったのだが、生徒のほぼ全員が教室を抜け、窓にかじり付いて声援を送っていたものだ。教師もいっさいこれを咎めない。
席についたままは、僕一人だけだったかも知れない。
いつだったか……天ぷら蕎麦が食いたくて、とある店に入った時だ。
熱々の天ぷらを乗せてもらいたかったのだが、そうもいかず、あらかじめ揚げてあった奴を順番に盛っていたのだが……たまたま入ってきた派手な衣裳の某お笑いタレントに対しては、店長が愛想笑いと共に、揚げたてを蕎麦にのっけていたのに苦笑を禁じ得なかった。これが「盛装」ではなく「清掃」の人間だったら……はて? と思ったものだ。
旅館の番頭の話だったか、詳らかではないが……脱いだ靴を見れば、その人物の「格式」が一目瞭然だとの自慢話を耳にしたこともあった。
たぶん、そのセンスというよりは……ブランドとか値段に重きを置き、金持ちが貧乏人かを差別するヨスガとしたいらしい。
それに依って、サービスの質も変わるのだろうか?
僕がホテルでバイトをしていた時も、ちょっとでも格式のある客に対しては、部屋の掃除もことさら念入りにという差別は日常茶飯であった。
僕はかかる卑屈な精神を好まない。
僕のファッションなど所詮は格式を連想させる「フォーマル」とは無縁の、その他大勢の「カジュアル」の一点張りとあって、これまでいかなる特別扱いの経験もないが、……
……そう。僕がまだ学生時代で、かなりのロン毛だった頃だ。
ボール遊びをしていた子供達の一人が、ボールを取り損ない……転がってきたのを僕が拾い上げて手渡した時だ。
ありがとう。お兄さん? それともお姉さん?
その時の女の子の笑顔……カジュアルながら、唯一特別扱いされた瞬間であった。