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向こう傷の思い出

  殴り合い、取っ組み合いの喧嘩というのには、殆ど縁がない。
 元来、貧弱の体驅とあっては、逃げるが勝ちが上策だろう。

 とはいえ、どうしても腹の虫がおさまらぬ時は、つい後先省みずに食ってかかる性分でもあった。
 小学生の時、やたらデカイ奴に喧嘩を挑み、……天井まで持ち上げられ、投げ飛ばされたことがあった。まさか、本当にそんなアニメみたいな状況ではなかっただろうが、ガキの記憶としてはそんな風に焼き付けられている。

 中学に上がってからは、喧嘩の当事者というよりは、仲裁に回ることが多く、トイレなどで小突かれているクラスメートを見つけると、……まあまあ俺の顔を立ててと(←どんな顔か?)割って入ったこともあった。

 だいたいガキの喧嘩なんぞ、他愛ないことが原因ながら、一度だけ、殴り合い寸前まではいったことがある。互いに胸ぐらを掴んで、凄む程度だったが、今となってはその原因すら定かではない。この喧嘩には仲の良かった番長的な奴が仲介してくれて、とりあえず手打ちになったものの、一件落着の後、ぼんやり窓の外を見ていた時、当の喧嘩相手、僕の髪の毛を鷲掴んで窓枠に叩きつけ、眉尻がパックリ割れて血が吹き出したことがあった。
 さっそく先生が駆けつけ、近くの病院に直行……三針ほど縫ったものの、ショックを受けたのは僕以上に喧嘩相手の方のようだ。
 しばしの後には、眉尻の向こう傷……カッコいいだろうと、嘯いていたくらいだ。

 さて、高校時代……ここでも気に食わない奴がいて、体育の柔道の時、痩せっぽちの僕にやたら試合を挑むという、弱いものイジメの意気地なしであった。
 しかし、柔道に於て……今ではカラキシだろうが、所謂「受け身」の技(わざ)がそこそこ身に付いていたのだ。
 というのも、話は中学に戻るが……やはり柔道の時間、体育のデブ教師が、痩せの僕を相手に、いろんな技(わざ)の見本としたわけだ。ま、軽いのでどんな技も掛けやすかったのだろう。
 とにかく、他の生徒が体育座りしている前で何度も何度も投げ飛ばされるという、とんだ役回りであった。そんな優しい(?)指導のお陰で、自然と「受け身」が上達したのだろう。

 話は再び高校時代の続き……

 さて、僕は当初、「受け身」ではぐらかし、喧嘩とまでは進まなかったものの、相手は見るからに弱々しい僕を恰好の餌食と認定したらしく、教室に戻ってからも何かと絡んでくる。カネを要求されるに及んでは、大人しい(?)僕も黙ってはいられない。
 そう。相手を投げ飛ばす技の研究に入ったのだ。
 図書室で調べてみると、投技、固め技……なかなか多彩である。カッコ良さそうな投技を一つ一つ検証し、そして僕が、これなら行けると思った技が「小外刈り」であった。

 さて、実践の時が訪れる。
 相手は、なんと僕に「巴投げ」を仕掛けてきたが、所詮ド素人……そんな大技が滅多に成功する道理もない。
 僕はイメージトレーニングのままに、相手の身体を引き、なにくそとこれに逆らうを好機と見て足を絡め、向こう側にひっくり返してやる。我ながら、素晴らしい。完全に一本勝ちであった。
 この時の爽快感は今でも忘れられない。
 ところが、技を掛けられた相手は負けを認めず、拳で殴りかかってきたが、ここは教師が割って入り、喧嘩には進展しなかった。とりあえず、負け惜しみの捨て台詞だけはは黙って聞いてやることにした。

 喧嘩とは言えないかも知れないが……これが僕の人生最後の取っ組み合いとなった。

 眉尻の向こう傷だけは今でも健在である。もとより今では、「カッコいいだろう」などとは思ってもいない。同じ向こう傷なら……体育会系ではなく、文系の「天下御免の向こう傷」をこそ誇りたいものである……

 

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銀騎士カート
貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。