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正しい丁稚の育てかた

 銀座にあって、江戸時代からつづく老舗商家の若旦那の話として、代々伝わる正しい丁稚の育て方……というのを耳にしたことがある。

 丁稚といえば、まだ年端もゆかぬ子供である。店の事情も全く分からない。旦那様などは、てっきり神様である。
 かかる丁稚に、旦那様がとある用事を命ずる。

「トド松や、この壺はとても大切なものだ……くれぐれも粗末にすることなく、越後屋の若旦那の所まで届けておくれ」

 頼まれたトド松にして、緊張に強張りながらも大切な壺を手に、言われた目的地に急ぐ。
 ところが、その途中……数人のヤクザ者がトド松の前に立ちはだかり、おい坊主、その荷物を置いてゆけ。
 トド松抗えども、大人の腕力には叶わない。手足擦りむけど、大切な壺はあっさりと奪われる。
 ああ、なんとする。旦那様に合わす顔もない。いっそ死んでお詫びをするか。されど、目に浮かぶは、トト様やカカ様のお顔。

 トド松、泣く泣く商家に戻り、頭を地にすりつけて旦那様にかくかくしかじか……ことの成り行きを説明する。いかような折檻が待ちかまえているのか、思うだに身が竦む。

 が、その時……旦那様がおっしゃるには、

「お前、怪我はないか? 壺などはカネで買える。命はカネで買えぬぞ。お前が無事が何より。気にするな。子供のお前に大任を任せた私が悪かった。人に知られれば、何を言われるとも知れない。ゆめ秘して他言するでない」

 トド松、感涙に噎び……ああ、なんと心優しい旦那様か! 一生かけても、このご恩に報います……

 当の旦那様が、クスリと笑ったことを勿論丁稚は見ていない。

 そう。すべては初めから仕組まれた「ヤラセ」なのだ。ヤクザ者に幾許かの酒手をはずんだにして、安いものである。一生裏切らない、忠実な奴隷一個を手中に収めることが出来たのだ。

 丁稚トド松は身を粉に働き、じきに手代へ……やがては番頭にも出世するだろう。子供時代にすり込まれた「忠義」の心は、一生消えることはない。いざとなれば、旦那様の汚職を被っての死をも厭わぬ……忠実な犬の誕生である。

 昔の、時代劇にでも出てこそうな話である。が、これはフィクションではない。ハッキリ言って、ムシズが走る。ヘドが出る!

 案外、現代でもどこぞの企業が、場合のよっては政界、官僚の世界でも、多少趣を変えながらも、かかる奴隷育成方を実施してはいないだろうか?

 ……まさか、とは思いたいが……何かと、思い当たるフシがないでもない。

  繰り返す。ヘドが出る!

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銀騎士カート
貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。