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本当の悪夢

 夢を見ることをコヨナく愛する身だが……先だって、完全に頭に来る夢を見た。

 ……出し抜け、ジリジリと目覚まし時計が喚き散らす。起床時間の5時半……

 分かった! 分かった! うるせぇ……!

 毎度のことである。悪態をつきながら上半身を起こし、手探りにアラームを止める。
 ……寒い、寒い……と愚痴りながら、シャツとズボンを引っ張り出し、パジャマを脱いでこれを身に付ける。
 布団を上げ、欠伸をかみ殺しながら頭にタオルを巻き、まずはトイレ……ついで洗顔等を済ませ、化粧水と乳液を顔にはたく……ミルクを温め、バイトの昼飯用のパンをバッグに突っ込む。

 炬燵を点け、ミルクを啜りながら、テレビのスイッチを入れる。
 毎度のルーティンである。
 
 三度目くらいの大欠伸をしてから、ついテレビ画面を覗き込むと、

 あれ?

 そう。いつもの見慣れた画面ではない。チャンネルが違う? ……いや、そんなことはない。

 試しに、つい、時計の目を走らせると、

 嘘だろ! ……針は「2時25分」を差している。窓の向こうは暗い。当然、午前の2時25分である。

 ……しばし、何が起こったのか判然としない。

 確かに、目覚ましにいつものように起こされ……そして、今の状況に至ったのだろう。
 時計の故障?
 再度、目覚まし時計に目を転じる。

 おかしい。変だ。……目覚ましはセットされたまま、……当然ベルを止めるスイッチも上がったままである。

 冷静に、冷静に……

 そう。俺は確かに、ジリジリという目覚ましのベルにたたき起こされ……そのベルを止め……

 ジリジリ? ……つい記憶を巻き戻す。ジリジリ? 

 なんたる事か……俺が耳にしたのは、いつもの電池式の目覚ましではなく……手動の目覚まし時計の音だったのだ。目下……家には手動式の目覚ましなどないのに……

 ふつふつと怒りが込み上げてくる。

 間違えはない。俺は、「手動式の目覚まし時計が鳴っている」夢を見ていたのだろう。

 すでに目は冴え渡ってはいたが……ここで妥協してはシメシが付かない。

 今、上げたばかりの布団を再び敷く。そしてパジャマに着替え……俺は改めて布団に潜り込んだ。

 当たり所のない憤りのせいか……なかなか睡魔が訪れない。

 それでも……夢の尻尾たる「手動式目覚まし」のことを考える。
……いいぞ。少しずつ……閉じていた夢が帳を開く。
 ……ほの暗い、6畳ほどの和室が見える。そう。ここは子供時代の世界らしい。
 誰かいないのか?
 とうに死んだ家族に会えるのなら……
 ……しかし、部屋には誰もいない。

 思い切って表に出るか。子供のままの、昔の友人に会えるかも知れない……

 玄関に向かいかけると……ついそこの机の上に、古式の手動式目覚ましが乗っている。

 なんとも懐かしい。針には蛍光塗料が塗ってあり、ベルが帽子みたいに乗っている。

 つい手にしたとたん……目覚ましが鳴り始める。

 ジリジリ、ジリジリ、ジリジリ……

 冗談じゃない。こんな所で目覚めてたまるものか!

 俺は懸命に目覚ましを止めようと試みる。しかし、どこにボタンがあるのかも分からない。

 ジリジリ、ジリジリ……

 神経を逆撫でする音は……やがて、ルルルル、ルルルル……

 ……ルルルル

 俺は目を覚ます。

 見慣れた電池式の目覚ましが、無表情に鳴り渡り……針はキッカリ5時半を差していた。

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銀騎士カート
貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。