夏休みの思い出
「夏休み」などと無縁になって久しいが、この時期になると、アニメの影響だろうが「ZONE」の「君がくれたもの」が、頭に鳴り響く。
もとより、僕には「秘密基地」で遊んだような甘酸っぱい記憶などは皆無である。
今、つらつら考えてみるのだが、楽しかった子供時代の夏休みの思い出など、一つとして浮かんでこない。
小学生の頃、臨海学校などに参加したこそあったが、覚えているのはクラゲに刺されたこと、泳げないので浮袋に捕まって震えていたこと……あとは、着替えをした時、服の畳み方が悪いと、先生に隠されたことがあった。
まあ、きちんと畳めという教育だったのだろうが、着るのは俺なんだからどうでもいいだろう……と、食ってかかったものである。
もちろん、家族に連れられて海や山に行ったことこそあったが、やはり楽しい思い出は一つも無い。
泊まり先は、同居していた叔父が勤めていた銀行の寮だったと思うが、……なぜか箱根とか那須とか山方面に行くと、決まって車に酔い、歯が痛み……今でも覚えているのは二階から響く麻雀の牌をかき混ぜる音を聞きながら、歯痛に耐え眠れない夜を過したこと。それに、古木に止まる蛾の大群に逃げ惑ったくらいだろうか。
一方も海方面での旅行では、体調こそ良好ながら、周りは大人だけで、しかもまともには誰一人泳げないのだから、岩場でヤスを使って殺傷を繰り返す以外時間の潰しようがない。なんとも殺伐としたものである。
もとより、素焼き茶碗の絵付けなどは思い出作りとしてやらされたが……やはり僕は当時からひねくれ者だったのだろう、海で溺死寸前の、海面でのたうつ手を描いて、周りを呆れさせたものである。
「リア充」という言葉があるが、子供時代の僕にはなんの「リア充」などなかったらしい。やはり当時から孤独が好きだったらしく、遊びに来る友達がいたとはいえ、溜め息をつきつつ、単なる付き合いといったていで、駆け回っていて、今でも脛に残る怪我をしたこと位しか覚えていない。
こんな僕のことだから……日記などは当然退屈になりそうだが……どっこい、この時ばかり、僕は夏休みを満喫することが出来たのだ!
なんのことはない。僕が日記に綴ったのは、すべてがでっち上げなのだ。
そう。空想の世界とあってみれば、そこには架空の楽しい友人達、もちろん可愛い女の子も登場する。やはり文章を書くのが好きだったのだろう、子供とはいえ、幽霊や宇宙人などが登場する荒唐無稽ではなく、まさしく「君がくれたもの」的な物語を書きつづったものである。
洞窟探検、山林に迷ったこと、崖から落ちそうな友人を救ったこと、その妹である女の子から感謝されたこと……もしかしたらあるかも知れない状況を捏造し、物語として定着すること……、要はなんのことはない、僕は空想の世界でしか楽しめなかったのだ。
しかし面白いもので、僕のこのでっち上げを先生がマジに受け取ることもしばしばであった。
カート君って、本当に楽しい夏休みを過したのね!
まあ、今で言えば、僕の書いた嘘八百に「イイネ」が付けられたようなものだろう。
考えてみれば、本当の意味での「リア充」など存在するのだろうか?
今だ、この瞬間だ! ……俺はすごく充実している!
確かに僕にして、そんな経験はある。
通学バスで恋慕した女の子に「好きです」とコクって、その子が顔を真っ赤にした瞬間。
jazzのコンサートで、自分をJohn Coltraneだと錯覚した瞬間。
しかし、その瞬間が過ぎてしまえば、空想の世界とどこが違うのだろうか?
今も、頭の中で「ZONE」の曲が鳴り渡る。そして、夏休みに思いを馳せる。
しかしぼくが、ドキドキして頭のスクリーンに思い描くのは、岩場での孤独な殺傷行為などでは断じてなく……いっそリアルな、架空の友達との洞窟探検なのだ。
そう。彼ら、彼女たちは永遠に歳とることもなく、いつでも僕を夢の世界に誘ってくれるのだ。