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茫象綴噺 静寂のサイクリング
澄み切った朝の光が霧に包まれた湖面に柔らかく差し込み、世界を神秘的な青に染めていた。湖のほとりに佇むのは、古びた一台の自転車。金色に輝く太陽が徐々に姿を見せると、自転車の持ち主はそっとサドルに腰掛け、静かにペダルを踏んで静寂の中へ漕ぎ出した。
道は細かい砂利で覆われた小道で、周囲には穏やかな森が広がっている。耳を澄ますと、木々の葉が風に揺れる音が微かに聞こえた。時折、鳥の羽ばたきがリズムを刻み、この幻想的な空間の中で、ただ自転車の車輪の音が現実を思い出させる。
湖の岸辺を離れてしばらく進むと、森の奥深くに続く道が現れた。枝葉がアーチを描き、その下を通り抜けると、一気にひんやりとした空気が肌に染み込む。太陽の光は点々としたスポットライトのように地面を照らし、鮮やかな苔や木の根が際立って美しかった。
しばらくすると、道は再び開け、広大な草原が視界に飛び込んできた。風が頬を優しく撫で、地平線まで続く緑の波が静かに揺れている。自転車はその中を滑るように進み、心は次第に無の境地へと向かっていく。
草原を抜けると、小さな村が現れた。時が止まったかのような静寂の中、木造の家々が素朴な風情を漂わせている。猫が一匹、石畳の道をゆっくりと歩いている他には、動くものは何もない。自転車は心地よい音を立てながら村をそっと横切っていく。
村を過ぎると、再び自然が広がる。今度は、小川沿いの道を辿ることになる。水が石とたわむれながら流れる音が、周囲の静けさを一層引き立てる。進むにつれて、川は緩やかにせせらぎへと変わり、その先には小さな滝が、その清らかな水を岩肌に勢いよく打ち付けていた。そして、再び穏やかな流れへと戻っていく。
滝のそばで休憩を取るため、地面に腰を下ろし、目を閉じる。滝の響きが耳に心地よく、全身が自然と調和していくようだった。まるで自分がこの大地や風、水と一体となったかのような感覚が広がる。
やがて立ち上がり、自転車に戻る。この旅はまだ終わっていない。再びペダルを踏み、さらに先へと進む。道なき道を直感だけを頼りに進んでいくうちに、最後に辿り着いたのは、海を見渡せる高台だった。
夕日に照らされて金色に輝く波が果てしなく広がり、空は刻一刻とその色を変えていく。喧騒のない世界には、ただ風の音と、鳥たちの穏やかな飛翔が漂っているだけだった。
一日の静かな奇跡に深く感謝しながら、自転車から一度足を下ろし、再び鞍に跨る。太陽が沈む前に、出発点へ戻る時が来た。しかし、心の中には確かな静寂が残り、この幻想的な一日がもたらした充足感で満たされていた。
道は続く。静寂のサイクリングの旅は終わらない。自然と一つになった感覚を胸に、自転車は再び静かに進み出した。
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