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茫象綴噺 時が沈黙した

夜の帳がゆるりと降りると、世界は時が凍りついたかの如く、重々しい沈黙に包まれた。空は無限の黒に染まり、星々の光は跡形もなく消え、ただ漠然とした暗黒が果てしなく広がっていた。その中で、風の囁きも、動くものの気配さえも消え去り、無音の空間が支配する。大地は永遠とも思える年月に身を委ね、広がる影を静かに映し続けていた。

深い森の奥、ひっそりと佇む古びた神殿が、その静寂の中でさらに神秘の色を濃くしていた。神殿を支える石の柱は、数千年の風雨に耐え忍びながらも、いくつかは崩れ、苔むした表面に蔓が絡みつく。かつての輝きはすでに失われ、今ではただ色褪せた灰色の影となり、無言の証人として時を見つめ続けている。

その神殿の中に一歩踏み入れると、外界とは異なる、一層深い静寂が広がっていた。祭壇の上には、かつて神々の儀式を支えた古びた聖具が眠り、時の流れに朽ち果てながらも、なおその存在を保っていた。その表面には風化による色褪せた痕跡が残り、今や神聖さは過去のものとなりつつある。周囲の壁に刻まれた古代の儀式の名残もまた、年月と共にその輪郭が曖昧になり、記憶の中で消えかけていた。

神殿の奥深く、微かに残る光は、かつての神聖さをほのかに伝えるが、その輝きも沈黙の中で朽ち果て、ただ陰影が静かに広がっている。石畳には、積もった落ち葉と塵が足跡さえ残さぬまま静かに広がり、歩む者の音すら飲み込むようだ。この神殿は、時間の流れを忘れたかのように、静寂そのものが支配する無の世界へと変貌していた。

外の風景もまた、同じ沈黙に支配されていた。かつて川の流れが奏でた音は今はなく、干上がった河床には長い年月が残した砂が静かに積もっている。川辺に生えていた植物も枯れ果て、乾燥した茎が虚ろな姿を晒していた。

神殿近くの泉もまた、時の沈黙に呑み込まれていた。かつては澄んだ水が湧き出ていたその泉の表面は、今や静まり返り、舞う埃が薄く積もる。水面は硬化し、透明な表面は鏡のように何も映さない。泉の周囲には苔が広がり、朽ちた植物の残骸が散らばっていた。生命の息吹を失ったその水は、ただ沈黙の中で静かに存在し続けていた。

夜が深まるにつれて、沈黙はますます濃くなり、冷たい空気が肌を刺すように広がった。時間が止まり、空間が固定されたかのように、あらゆるものが動きを止め、沈黙の中へと溶け込んでいく。星の光も、月の光も消え失せ、空はさらに深い闇に覆われた。

神殿を囲む草原もまた、風も声もなく、沈黙の中で凍りついたように静止していた。かつて風に揺れていた草の穂は、今では乾ききった大地に伏し、かすかな動きさえ見せない。生きとし生けるものすべてが、この静けさの中に息を潜め、消え入りそうな影となっていた。草原の片隅で枯れ果てた花も、その花弁を失い、無の中でひっそりと佇んでいた。

やがて、夜の深淵が全てを呑み込み、時の流れは完全に止まり、世界は虚無へと包まれた。沈黙は深く、重く、すべてを押し包み、存在するすべてがその中で溶け込んでいく。存在はただの影となり、永遠の静寂が無限に広がり続けた。闇がすべてを包み込み、時間が息を潜めたその瞬間、あらゆるものがその闇に溶け込み、消えていったのである。

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