ブリの刺身と卵の煮付け
雪が降ると、
「魚屋、ブリは取れねぇのか」と聞かれた。
当地では、昔からの慣わしだ。ボクは25歳から35歳まで、魚屋をやっていた。
実家でありながらも、養子であったため、養父が実弟に魚屋の店舗も含めすべてを譲った。よって、叔父に使われてた。さらには、義理の従兄弟の使用人たなった。些細なことから独立することになった。
先立って世帯を持ったボク達も取り巻きとの人間関係が上手く行かず実家に戻ることが多かった。そんな二つ環境から父は魚屋として独立することになった。当然、父母とボク達四人で開業した。
はじめの一年は、軽トラックで行商した。父から魚の作り方や売りさばく順番やコツを教わった。最大の秘訣は、目方と種類はごまかさないことと習った。博打のイカサマと同じだと。
2年目には店舗を借りた。ボクは日中、人が来ない時間帯に行商に出かけた。そして、夕方のお店が下火になる頃、注文の配達をした。ご飯を食べて、帳面を家内とまとめた。市内200店舗中、営業していた10年間は常に10番以内だった。
その10年間の中で、一番思い出のある言葉が、「魚屋、ブリは取れねぇのか」と聞かれた。
ブリは年末、主に日本海側で獲れる。関東では仲人さんへ御歳暮に鮭を送るが、日本海何ではブリを送るとか...。また、10㌔以上をブリと呼ぶが、一尾10万円くらいとも聞く。
当地相模湾では二月頃獲れる。ブリは産卵前でもっとも脂が乗っている。最高に美味い。築地市場でも、もっとも高く取引された。
また、当地でちょうど二月頃に雪が降る。これまたブリの生態系と自然環境の偶然が重なる。重なった偶然を人は喜び、「魚屋、ブリは取れねぇのか」と笑顔で聞く。半分本気、半分冗談で。でも、それは当地で寒ブリを食べることが最高のご馳走であるからだ。
まずは刺身、照り焼き、煮付け、あら煮。踏み込むと皮が好き、ハラスが好き、卵の煮付けが好き。ちょっとした家では(現在お店では一匹くらいしか売れない)、一匹かって残りは味噌漬けにして保存食とした。それだけ、寒ブリは、当地で愛されている。
ボクもそのひとり。ブリの刺身と卵の煮付けは大好物です。
かわせみ💎
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