ザウアークラウトを「推し活」する (のろしを上げるの巻)
味噌と納豆について教えて欲しい、と立て続けに聞かれることが最近あった。和食人気が広がっているのかと思いきや、そうではなくって発酵食品への興味からという。
日本人としては日本が誇る伝統食品について聞かれるのはとてもうれしい。いかに美味しくて健康に良くてと講釈を垂れるだけでは飽きたらず、ドイツでも自家製味噌を作って、納豆づくりにもチャレンジしたという自分の話を披露せずにはおられない。
でも自慢話ばかりじゃ申し訳ない。
そう思って「味噌も納豆ももちろん結構ですよ、でもね、そんな冒険をせずともあなたたちにはザウアークラウトという伝統の発酵食品があるでしょ」そう語りかけてみた。なのに!アラ、会話の後が続かない。オイオイ、私はザウアークラウトの素晴らしさが滔々と語られるのを聞きたいんだよ、さあどうぞー、カモーンと耳をダンボにして待っているのに完全無視される。
こりゃらちがあかん。「いつザウアークラウトを最後に食べましたか?」刑事のごとく事情聴取するしかない。相手からは「んんー。1年前くらいかなあ」と心許ない答え。えっ、ちいと少なくありませんか?ならば横にいた人にも聞いてみよう。「あら、覚えてないわ。いつだったかなあ」とのたまう。
ザウアークラウトってあなたたちにとってそんな軽い存在なの?肉のお供として特に寒い季節には欠かせないものだと思っていたのに。ドイツの食文化よ、どこへいく。。。
◎ドイツとザウアークラウトの深い関係
クラクラしそうになったところでザウアークラウトについてザクッとさらってみよう。
ザウアークラウトのザウアーとはドイツ語で酸っぱい、クラウトはキャベツ類の総称。辞書で引いてみると酢漬けキャベツと訳されている。とはいってもお酢は一切入っていない。塩で乳酸発酵させることによって酸っぱくなる。だから本当はキャベツの漬け物といった方が正しい。
ドイツといえばビール。ビールといえば肉(ソーセージ)。ソーセージといえばジャガイモかザウアークラウト、と連想ゲームのようにつながるザウアークラウトはドイツが発祥の地と思われそうだが、乳酸菌でキャベツを発酵させる手法はギリシャ時代からから知られており、ローマ人によってヨーロッパにもたらされてどんどん普及していったらしい。
その効用は18世紀にイギリスのクック船長が世界一周の航海でザウアークラウトの樽を積み、ビタミンC欠乏によってかかる船員の壊血病を防いだという逸話でよく知られている。レモンやオレンジでビタミンCを補給することもあったようだが、なんせ柑橘類より遙かに安く、保存がきくことから寄港地の間隔が開いて新鮮な野菜がひんぱんに積み込めないといった時にも頼りになるというのが大きなメリットだった。
キャベツは寒冷な気候のドイツでも全土でとれる野菜で、野菜の種類が極端に少なくなる冬場にザウアークラウトは大事なビタミンC源だった。ドイツでキャベツの大量生産とザウアークラウトの工場生産が盛んになったのは19世紀になってから。また二度にわたる世界大戦でドイツ軍の兵士は兵糧食としてザウアークラウトをよく食べており、敵対する英米軍兵から「Krauts(クラウツ)」(キャベツ野郎)というあだ名を頂戴していた。
それなのにクラウツはどこへいったのだ。実際、ミュンヘンのレストランでもザウアークラウトの付いた料理を見つけるのが本当に大変だった。
もしかしたらバイエルンではキャベツをお酢とオイルとクミンで軽く温めるバイエルン風キャベツサラダが付け合わせとしてかなり幅を利かせているのが理由かもしれないけれど、どうもザウアークラウトに逆風が吹いている。
◎敬遠されるザウアークラウト
実態を知るために手当たり次第に身近な同僚と近所のドイツ人を対象にザウアークラウトについてリサーチしてみた。*(この場合のドイツ人とは祖父母までさかのぼってドイツ系の人たち)
「嫌いだから食べない」(Mさん、30代女性)
「3カ月前に旅先のフランケン地方でソーセージと一緒に食べた。嫌いではないけどあんまり食べないなあ」(Aさん、50代男性)
「胸焼けがするから食べない」(Mさん、50代男性)
「匂いが嫌い。おばあちゃんが樽いっぱいに作っていた記憶がある。自分の出身のドイツの北の方ではカスラー(豚肉を塩漬けして軽く薫製したもの)と一緒に食べるのが伝統的」(Rさん、60代男性)
「食べない。何でかって?僕はベジタリアンだからね。ザウアークラウトは肉と一緒に食べるもんだろ」(Sさん、40代男性)
確かにザウアークラウトは脂肪分のある豚肉と相性がいい。カスラーの他にも内蔵・血のソーセージというような日本人が尻込みするようなガッツリ・血なまぐさい系との組み合わせも伝統的な一品だったりする。
それにしてもつれない回答が多すぎる。一説にはドイツ人のザウアークラウト平均消費量は2キロとされているが、この回答を見る限りとてもそれには及ばない。
◎手作りのザウアークラウトは感動の味
誰かザウアークラウトに愛を寄せる者はおらんのか、と思っていたら
「日曜日にローストポークと一緒に食べた。健康にいいし、冬は頻繁に食卓にあがるよ」とうれしい答えがMさん(40代男性)から返ってきた。彼の家はミュンヘン近郊のダッハウにある農家。しかもザウアークラウトも自家製だという。心の中で「待ってました!そんな話が聞きたかったんだよ」と快哉をあげてしまった。
次に60代女性のCさんからは「3日前に焼きソーセージと一緒に食べたわ。冬はザウアークラウトの出番よ」と満面の笑みで返された。
ああ、まだザウアークラウトは安泰だ、と少し安堵したところでDさん(30代男性)に直撃してみるとなんと「この間作ったんだよ!これがうまくいってね」と興奮気味に言うではないか。そして昼休みに自宅に帰った彼がハイ、と手渡してくれたバッグにはお手製のザウアークラウト、ズッキーニとパプリカの甘酢漬け、赤キャベツの酢漬けがそれぞれ一瓶ずつ入っていた。(彼は掃除、洗濯はもちろん、料理も縫い物もお手のものというスーパーな人)
私は小躍りして大喜び!早速家でザウアークラウトを試食させてもらった。ローリエとクミンが入っていて美味しい。酸っぱさがありながらもぬか漬けを食べる感じでスッキリとした後味。ちゃんとキャベツの歯ごたえが残っているのもいい。以前に農家の軒先で購入した自家製ザウアークラウトもやっぱりこのような爽やかな味わいだった。
加熱殺菌処理をする市販の缶詰ではベチャッとしていることが多いし、それが不人気の原因ではないかと私はひそかに踏んでいる。それにビタミンCといった栄養価も生のままだときちんと保たれるのだ。
他人のふんどしで相撲をとるようながら、ザウアークラウトの本当のおいしさをイマドキのドイツ人は知らないんじゃないかと思う。お腹が張るからという人もいたが腸内環境にもいいし、免疫力アップにもよさそうだし、ドイツ人の健康づくりに大きな役割を担っていたに違いないのだ。
ドイツのことわざにSauer macht lustig(酸っぱいものを食べると愉快になる)ということわざがある。本来はSauer macht gelüstig (酸っぱいものを食べると食欲が増進される)というのが転じてこうなったらしい。
ただでさえ食欲の誘惑が増す冬に危ないかもしれないが、健康的にちょっと余分なものを蓄えて冬を乗り切ることができれば結構ではないか。さらに愉快になれるのならなおベター。
よし、決めたぞ。発酵がブームならばザウアークラウトもそのブームに乗っけてリバイバルさせてやる。沼にはまった私の「ザウアークラウト推し活プロジェクト」がスタートした。
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