5部門ノミネートの『落下の解剖学』はじわじわくるスルメ映画!
米アカデミー賞の国際映画賞(旧外国語映画賞)は現在以下のプロセスで決定されます。
各国から米アカデミー賞協会(AMPAS)にエントリー
(日本の場合は日本映画製作者連盟が推薦した作品)委員会によってエントリー作品から15作品を選出
選出されたショートリストから別の委員会が候補作を選出
(2の委員と重複はしていると思われる)すべてのノミネート作品を指定された方法で鑑賞した会員のみで投票
米アカデミー賞の良いところは、会員の投票で受賞が決まるところです。
会員数も1万人以上ですから、作為的なことが生じにくいだろうことが他の映画賞と全く異なる部分だと思うのですが、最初のエントリーだけでも各国の思惑が入ってきそうな上、最終投票までは割とクローズドで進むところが残念ポイントです。
このようなプロセスの犠牲になったのが明日から公開されるフランスの『落下の解剖学』です。
フランス代表にすらなれなかった
国際映画賞ではなく、他部門で5部門のノミネートを果たしたこの作品は、明らかに会員の好みに合致した作品ですが、フランス代表としてエントリーすらされなかったのです。
代わりにエントリーされたのはトラン・アン・ユン監督の『ポトフ 美食家と料理人』でした。
この作品、上記の予告でも流れる調理シーンが圧巻で、まさに垂涎ものという感じなのですが、正直言ってそこがピーク。
悪い映画ではないと思うのですが『落下の解剖学』とは比べ物にならないと言うか…。
エントリー時、『落下の解剖学』はパルム・ドールを受賞していましたので、エントリー落ちしたことに映画ファンは驚きしかなかったです。
ただ当時自分はまだどちらも鑑賞していなかったので、同じくカンヌで監督賞を受賞した『ポトフ〜』に期待をしておりました。
ですが東京国際映画祭で鑑賞した『ポトフ〜』は、「フレンチ食いてえな〜」という気持ちにはさせてくれても、(まだ観てもいないのに)これまでのパルム・ドールの傾向からすると『落下の解剖学』には到底及ばない作品なのでは?という感想でした。
実際『落下の解剖学』を観ると、カンヌは複数部門を同じ作品に受賞させないという方針を獲っているのですが、『落下の解剖学』に監督/脚本/主演女優賞も受賞すべきだったと思うほどの傑作でした。
特にザンドラ・ヒュラーの演技がじわじわくる
それが監督のジャスティーヌ・トリエの手法だと思うのですが、映画全体としてニュートラルな視点で物語が進んでいくので、映画自体はスリラーに分類される映画だと思うのですが、ハラハラドキドキという感じはまったくありません。
ですが、淡々とストーリーが進むのに、所々でひとの癇に障る演出がされるので、そこで自分の嫌なところを見られてしまったような居心地の悪い感じを味わわせてくれます。
映画全体に説得力を与えるのは、脚本ももちろんなのですが、何と言ってもザンドラ・ヒュラーです。
ザンドラ・ヒュラーはドイツ人で、つまり母語はドイツです。
ですが、映画ではドイツからロンドンに移り、夫の故郷であるフランスに移住するというキャラクターなので、家族との会話はほとんど英語で、わずかにフランス語という感じでドイツ語を喋るシーンは一切ありません。
つまり外国語での演技!
それだけでもすごいのにその演技は昨年の『TAR/ター』のケイト・ブランシェットも彷彿とさせるすごいもの。
あのケイトは激しい表現も少なくなかったですが、そのような激しい表現を用いずに『落下の解剖学』を見事に体現します。
「演技」という点だけで言えば、今回のアカデミー賞の主演女優賞候補の中ではダントツの演技だと思います。
自分がオスカー会員だったら絶対彼女に入れますね。
本日の一曲
映画を観るとトラウマになりそうな50セント"P.I.M.P"。
使用されているのはこのBacao Rhythm & Steel Bandによるカバーです。