DV相談のお仕事10
人が変わる瞬間。その瞬間に立ち会う驚きと喜び。
投稿10回目になりました。ボチボチではありますが、少しずつでも続けていくことを目指して行こうと思ってます。どうぞよろしくです。
さて今日は、この仕事をしていて思いがけず人が変わる瞬間に立ち会った経験をお伝えします。
30代の女性。5歳の女の子と3歳の男の子
福祉事務所で継続して相談にのっていた女性でした。わたしの前任者の相談員の時に夫からのDVで一時保護もしましたが、「保護所にいると監禁されているみたいで苦しい。夫に外出を制限されていたことと重なる。」という理由で翌日に自分の意思で退所されました。
夫のいる家に母子3人で帰宅した後も、夫のDVは続きました。わたしが関わり出したのはその頃からでした。「一時保護したにもかかわらず勝手に帰ってしまった人」という見方をする職員もいました。彼女が突然福祉の窓口にきてもまたかという感じで冷ややかな視線を浴びせる職員も事実いました。
わたしはその頃、相談員になったばかりでその経過に直接立ち会っていなかったのがよかったのかもしれません。
ふらっと子供を連れて来て、相変わらず身体暴力が続いていると話して帰って行きます。あまり深刻そうに話さないのが彼女の癖なのか、自嘲気味に笑っては、「仕方ないかな、また来るね」という感じで帰っていきます。
数ヶ月の空白期間があって、電話がかかってきました。「食卓の椅子で画面を殴られて顔面を骨折して大変だった」と、今回も自嘲気味に淡々と話す彼女。「怪我が治ったので老人ホームでパートで働き出した。看護師をしている」と彼女。
「えっ?看護師?すごいね。資格持ってたんだ」とわたし。そう、わたしは彼女についての相談記録を読み落としていたのです。彼女が中学卒業後に看護学校に入り准看護婦の資格を取っていたことを把握してなかったのです。
「やだなあ、おかぴさんまでわたしが何もできないって、力が無いって思ってたでしょ?」と彼女。屈託なく笑って、彼女は電話を切った。
でもそこから凄かった。
自力でアパートを借りて子供2人を連れて家を出た。生活保護の相談をした。母子で受けられる支援があるか市役所に相談をした。たくさんの手続きもめげずに頑張った。諦めなかった。これまでのDVの経過を何度も話すことになったがやりとげた。
彼女が転出した先の相談員から、経過を確認したいとかかってきた電話で判明した。
ひとりでやるのは、大変だったと思う。事前に相談を受けていたら、相談員どうしの連携でもう少しスムーズに手続きができたかも知れない。
でも彼女は自分でやりたかったのだと思う。わたしが彼女の力を信じたから。
DVの被害を受け続けていると、精神的に追い込まれて考えがまとまらなくなったり、判断力が鈍ったり、記憶力が落ちたりしがちです。相談を受けていても、「いつ起きた事ですか?」と聞き返すとフリーズして答えられない女性も多い。本当に自分が受けたことなのか、現実なのか、相談しながらわからなくなってしまうらしい。
だから、経緯が曖昧だったり事実確認が取れないこともある。たまに「事実かな?妄想かな?」と注意深く聴く時もある。
語られる話はほとんど真実。だからこそ、ここまで力を奪われている。
でも、彼女たちもこの夫と出会うまでは学校に行き、資格を取り、就職して働いてきた。自分の力で稼いで、生活して、友達がいて当たり前に笑ってきた。誰かの娘で、誰かの同僚で、誰かの友達で、ご近所さんで、このnoteに投稿していた誰かかもしれない。
結婚相手がたまたまDVをする男性だったために日常が一変してしまっただけ。
目の前の、電話の先の力ない彼女が本当の姿ではない。今は力なく見えるけど本来の姿ではない。
信じること。決めつけないこと。潜入感を捨てること。ありのままを受け入れること。
すべて彼女が教えてくれた。新米の相談員に。
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