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LIGHT YEARS [長編小説] PART 2:伝説の夏

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女子高校生5人のフュージョンバンド「The Light Years」が駆け抜けた、10ヶ月の物語。2023年夏に完結させた、187話・115万文字に及ぶ長編小説のうち第2部です。
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Light Years(34) : It's My Life

 兎にも角にも部活の形を変えた存続は決まり、ミチルたちフュージョン部にとってそこそこ激動の一学期が終わって、夏休み初日がやって来た。来月の市民音楽祭までは10日ほどで、その間にセットリストを決め、衣装を決めて、リハーサルを終わらせる予定である。  とはいえ、連日のハードなスケジュールでメンバーは疲労が溜まっており、今日明日はみんな羽根を伸ばそうという事になった。部室のモニタースピーカー問題は、薫が勝手にやっておいてくれるらしい。 「ミチル、あんたはこの間倒れたんだからね。皇帝

Light Years(35) : SQUARE

 ミチル達が通う南條科学技術工業高校がある、南條市。いちおうは政令指定都市になっているこの市の市役所から西に1.3kmの川沿いに、西公園と呼ばれる緑に囲まれた公園がある。ここでは毎年夏、2日間かけた音楽祭と、それに付随する各種出し物、出店などが恒例になっていた。ミチルたちが在籍するフュージョン部も、2年生が出演するのが伝統になっており、一学期の早い段階で市の方から参加メンバーを確認しに来る。  西公園には半ドーム状の屋根付きステージがあり、音楽祭まで10日を切って、照明や音

Light Years(36) : Sentimental Reason

 音楽祭が始まるまでの1週間あまり、フュージョン部の部室は賑やかだった。2年生が全員集合した日は音楽祭に向けての練習が主で、1年生は演奏チェックに回ったり、新たに「接収」したオーディオ同好会の部室で動画制作を行うなど、活動は少しずつ多様になっていった。  それまでのミチルたちのライブも、演奏を配信してはどうか、という話になったものの、顔出しは色々リスキーだということで、顔や背景は映像処理で上手く誤魔化すか、イラストやCGを流す、という1年の鈴木アオイの案が選ばれた。  活動

Light Years(37) : 過ぎ去りしトレモロ

 ミチルが用事で部活に出て来ない28日をはさんで、2日ぶりにフュージョン部は部室に集合した。とはいえ、すでに当日予定のセットリストはもともと定番のナンバーでもあり、ことさら練習する必要はすでにない。マヤはプリントアウトした、音楽祭出演当日の予定表を手に説明した。 「じゃあ当日の流れを確認するよ。ミチル以外のメンバーは、午後四時半までには西公園の半ドーム裏のテントに集合。ミチルはその前までに、顧問のバンで機材と一緒に到着してる予定」 「あの年代もののハイエースか」  ジュナの一

Light Years(38) : Breeze And You

 市民音楽祭にビッグゲストとして呼ばれたジャズボーカリスト木吉レミ氏は、市内のホテルで満員のディナーショーを終えた翌日、ドキュメンタリー番組「仕事人」の収録を行っていた。リハーサル風景の収録から始まって、後半は街を見下ろす土手の公園を歩きながら、二十数年プロとして活躍してきた木吉氏のキャリアを振り返りつつ、プロとしての心構えを語る場面だった。 「プロになるっていうのは、責任が生まれるっていう事だから」  ベテランの木吉氏は、遠くに見えるビル群をバックに微風の中を歩きながら、プ

Light Years(39) : 青空

 その日の朝、ミチルとジュナはハルトに案内されて、中学生の4人組バンドが練習に使用しているという友人宅のオンボロの小屋にやって来た。もう使われていない農具置き場で、畑のど真ん中、しかも中に詰められた稲藁やら何やらが上手い具合に吸音材になっており、空調がない事をガマンすれば、いくらでも音を出せるという。 「地方バンザイってとこだな」  ジュナは、一歩外に出ればド田舎の"政令指定都市"を讃えて口笛を吹いた。気温はあるが、外はだだっ広く、風が吹き抜けてむしろ中は涼しいほどである。風

Light Years(40) : ティーンエイジャー

 ミチルたちが出演する市民音楽祭は、厳密な歴史を辿ると1960年代にまで遡る。ただし前半の数十年は街角でささやかに行われていただけで、今のように2日間かけてプロ・アマのミュージシャンが何十と出演し、売店や屋台が多数出店するような規模になったのは、30年くらい前からの事だった。  とりあえず機材の運搬は何とかなる、という連絡を受けたマヤは、目が冴えてしまいギリギリまで寝ている計画が破綻をきたしたため、マーコと一緒に2時半過ぎには人がごった返す会場を訪れて、出演者特典である飲食

Light Years(41) : MEGALITH

 ギター弾き語りのおじさんの歌は何というか、雰囲気としては「漁師の朝は早い」みたいな、民謡ともブルースともつかない独特の暗さを持った歌だった。 「この後にやんのか、あたし達」  全員が思っていた事を、ジュナがボソリと呟いた。何というか、妙にインパクトがあるのだ。決してネガティブなわけではなく、時に面白い歌詞で笑わせにもくる。音楽の世界って広いな、とミチルは思った。    その、おじさんの演奏が静かに終わった。会場からは、そこそこ大きな拍手が送られている。後で知った事だが、この

Light Years(42) : Twilight In Upper West

 空は深い青に変わりつつあり、対象的に赤く染まる西の空が、灯りがともるビル群のシルエットを作り上げていた。 「奇跡のような選曲ね」  客席に座るフュージョン部3年、佐々木ユメは小さく呟いた。見上げるステージでは今、自らがサックスを指導した少女、ミチルが堂々と、雄大で抒情的なメロディーを響かせている。まるで空と街の全てが、この演奏のためのセットであるかのように思えた。    大原ミチルがフュージョン部の部室を訪れたのは、ユメが2年生の一学期、各部の勧誘活動が始まりかけた頃だった

Light Years(43) : "THE LIGHT YEARS"

 ミチル達がステージに上がろうとすると、階段手前で運営スタッフのお兄さんに「待ってください」と一旦止められた。ステージを見ると、司会のお姉さんがリアナ達と何か話し合って、リアナ達がお辞儀をして袖に歩いてくる。場をもたせてくれた礼を言われたのだろう。  戻ってきたリアナ達に、ミチル達はご機嫌取りも含めて、きちんと聴かなかった演奏に「良かったよ~」「お疲れ様」「ありがとう」などと述べておいた。すると、サトルが何やらニヤニヤしながら「どって事ねっスよー」と返してきた。キリカとアオイ

Light Years(44) : Forgotten Saga

 市民音楽祭のラストでアンコールが起こるというのは、信じ難い事ではあるものの、数十年の歴史の中で初めてだという。しかもプロではなく、女子高生のフュージョンコピーバンドである。深いお辞儀のあと、袖に引っ込んだミチルたちを迎えたのは、労いの言葉ではなくオロオロするスタッフだった。  予定では、生演奏は19時5分あたりを目処に終了し、あとは静かなジャズ等のBGMを流して、20時で音楽祭全体が終了という流れである。  だが、今こうして二度もアンコールが起きている。ミチルたちは楽屋にへ

Light Years(45) : Interlude

 驚くほど静かな日だった。ミチルは、午前10時ごろに自宅のベッドで目を覚ました。何か夢を見た気がするが、思い出せない。とにかく、全身に疲労がのしかかっている。  ふいに、カーペットに投げ出されたスマートフォンが点滅しているのに気付いて確認すると、市橋菜緒先輩からのメッセージが届いていた。 『今日はお疲れ様。素晴らしい演奏でした。挨拶に行きたかったけど、部活のみなさんの手前、遠慮しました。ゆっくり休んでね。』  今日?ミチルは、ふと気付いた。そうだ、自分たちは音楽祭に出演した。

Light Years(46) : NAB THAT CHAP!!

 ごく普通の住宅街のコンビニに、パトカーと黒塗りスモーク窓のセダンが同時に停まって、警官2人とグラサン黒服がそれぞれ飛び出してコンビニに駆け込むのを見れば、誰だって焦るだろう。状況を一番理解しているミチル自身がそうなのだから。 「大原様、ご無事ですか」  現在、店内で最も不審な人物の小鳥遊さんはミチルに駆け寄った。ATMを操作していたおばさんがギョッとして黒服の人物を見る。一方、警官は通報した男性店員に確認を取っていた。 「通報されたのはあなたですか」 「はい。そちらの女性の

Light Years(47) : After Tonight

 その日は、ミチルに引っ切り無しにLINEや通話、電話が入ってきた。多くは安否を気遣うものだったが、一人だけ物騒な人間がいた。他の面子がデジタル通信機器を利用している中、そいつだけは究極のアナログ通信手段を用いてきた。 「おじさん、ミチルいますか!!」  そう、フュージョン部のギタリスト折登谷ジュナは、生身でミチル宅にバッグを背負って現れたのである。右肩には金属バットをかけている。よくここまで職質を受けずに来られたものだと思ったら、あとで聞いた所によると2回受けたらしい。