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家族のこと

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娘や夫のはなし
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2021年3月の記事一覧

シャツワンピースを着て試着室で泣いた話

シャツワンピースを着て試着室で泣いた話

 大学生の夏、バイトを終えた足で深夜バスの停留所へ向かった。
 前輪と後輪のあいだにぽっかりと口を開けたトランクルームがある。荷物を預ける乗客が長い列を作っていた。
 運転手が流れ作業のように長方形のトランクケースを次々に投げ入れているのを横目に、乗車口へ向かう。肩からかけたトートバッグはバスの中に持ち込むと決めていた。
 乗車口へ行くと、特有の匂いが充満していた。久しぶりだな、と思いながら数段の

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春に思い出す音がある話

 ソメイヨシノがぷっくりと芽をつけはじめた。
 娘の通う保育園から、卒園式のお知らせが届いた。
 気づけば今年は幼稚園組と保育園組へ別れる年齢だった。娘を含め、半数ほどの園児はそのままひとつ上の学年へ上がる。もう半数は、他の幼稚園へ進級する。その別れと区切りの春、卒園式を執り行うとのことだった。

 お知らせの端に描かれた証書を手渡すイラストに、中学卒業の日を思い出した。中学卒業といっても、中高一

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変わらないものを見つけることの方が難しいのだ、という話

 ほんの数年前、はじめて「わうわ」としゃべったとき、私たちは歓喜した。

 数年前の冬の休日、寒さが和らいだ日はよく散歩をしていた。ブランケットを積んだベビーカーを押し、娘と手を繋ぐ。1歳になる前だった娘は歩くことを覚え、ベビーカーに乗ることを一層嫌がった。大人の手のひらよりもちいさな靴を履き、私の靴よりもちいさな一歩を噛みし目ながら、娘はずんずん歩いた。

 道端に生えた雑草をしゃがみこんで見つ

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砂の中の貝殻と涙の話

 保育園の屋上には園庭がある。
 海がないはずなのに、そこには2ミリ程度の小さな貝殻がたくさんあるらしい。たまに、ビニール袋に入れた小さな貝殻を「かかにおみやげだよ」と持ち帰ってくれる。
 
 はじめて持ち帰ったとき、
「どうして砂場なのに、貝殻があるの?」
と娘に聞かれた。貝殻は、砂場の中にひっそりと埋まっているらしい。
 わからなかったので保育園の先生に伺うと、「砂場用の砂を買うと入ってるんで

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