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考えさせられるのに、イライラしない。丁寧に作られた映画「怪物」感想

完成度がかなり高い作品です。


観客への投げかけが丁寧な良作

この作品、大げさな説明もないけど致命的に説明不足な点もない。
それがとても素晴らしいと思いました。

こういう静かなトーンの作品って、一番難しいのはそこの匙加減だと思っているんですよ。

時々、一切説明のない不親切な映画ってありますよね。
”この作品の解釈は君次第だ!”的なやつ。

僕、そのタイプの作品がすごく苦手で。笑
映像を作るなら、ストーリーや演出でしっかり語れよ!って思ってしまうんですよ。
あまりに不親切で観客への解釈の委ね方が雑な作品だと、気持ちがストーリーについていかなくてどんどん冷めていっちゃう。

でも、だからと言って懇切丁寧に説明されると良いかと言うとそういう訳でもなくて…めんどくさい奴で申し訳ないんですけど。笑
特に、この「怪物」という作品で扱っているテーマは人によって受け取り方が違うものだと思うんですよ。
それを、「これはこうだ」って特定の考え方を押し付けられるのは絶対に間違っていると思う。
そもそも、この作品自体がそういった凝り固まった考えを否定している内容ですからね。

作中で明言されない、意図がはっきりわからない部分もあるんですけれど。
でも、決してイライラしないんですよね。

それは、観客への投げかけが凄く丁寧だからだと思うんですよ。
考える余地の残し方が凄くうまくて、こちらにストレスをかけない。
観客の心情を考慮して緻密に作られた作品だなーと感じました。


LGBTをマイノリティとして描き切る潔さ

本作は、LGBTをはっきりと性的なマイノリティとして描いています。
この潔さも素晴らしい。

残酷なことを言うと、これが今の日本社会の現実というか。
そうだよね、っていう感覚。
本当はそうあっちゃいけないんでしょうけど、非常にリアリティがある。
綺麗ごとに感じないので、真剣に見入って考えることができました。

これを観た後に近年のディズニーの作品の内容なんかを思い返すと、やっぱ全部綺麗ごとだなーと思えてしまう。
性的マイノリティの方たちは、そもそも”普通”というスタートラインに立つのが難しいはずで。それが悩みのタネだと思うんですよね。
ディズニーの作品って、そこをすっ飛ばして描いているから違和感が凄いんですよ。差別を意識し過ぎて、根幹の問題を無視している感じがする。
僕は、LGBTというテーマに真っすぐ向き合う本作の方が日本人の心には刺さるんじゃないかなと思いました。


シンプルながら美しい脚本

カンヌ映画祭で脚本賞を受賞した本作。
脚本を手掛けたのは「花束みたいな恋をした」で知られる坂本裕二。

本作は、一つの出来事を異なる3人の視点(母親・教師・子供)から描いています。
この構成は黒澤明の代表作のひとつである1950年の「羅生門」でも使用された古典的な手法のひとつで、その後様々な作品で多用されています。

しかしながら、本作ほどこの構成が美しくハマった作品は初めて観ました。
物語の根幹に「多様性」があるからこそ、多視点での描き方がこれ以上なく会うのでしょう

坂本裕二氏って、文字通り本当なんでも書けちゃうんですね。
得意ジャンルが見えず、分野が限定されないのが逆に怖い。恐ろしい才能です。

あと、この作品はまるで是枝監督が脚本を手掛けたように見えるのも面白いポイントですよね。
子供たちの成長や辛い一面、人間の裏側…なんか、めちゃくちゃ是枝監督が書きそうなモチーフと符合しているというか。


美しい演出の中で、キラリと光る役者陣の演技

役者陣も芸達者、クセモノ揃い。
見応えがありました。

大人役のメイン二人、安藤サクラも永山瑛太もうまい。飾らない感じの演技がすごく等身大。

サブキャラとして作品を支える田中裕子、東京03角田の演技もお見事。
ちょっと壊れ気味な教師陣が、この作品のスパイスとしてうまく機能していました。

子役二人も言わずもがな。
これ、役の設定上演技する側も演技指導する側もすごく難しかったはず。

この作品、後半は彼ら二人の独壇場。
ネタバラシ的な部分は全てこの二人が担っているので、二人の演技が崩れた瞬間作品そのものも崩壊しかねなかったと思うんですよね。
この二人を起用して、全てを委ね切った製作陣の勇気が素晴らしいと思います。
もちろん、やり切った二人のポテンシャルも見事でした。

是枝監督らしい美しい画づくりも随所に光っていましたね。物語の鍵となる火事の風景さえも、悲惨なはずなのにどこか美しく。
暗いトンネルの向こう側にある森、そしてその中にある廃車になった電車。
この辺りのセット、ロケーションも素晴らしかった。
学校の中のシーンから最高に美しいラストシーンに至るまで、どこを切り取っても絵になるのはさすが世界レベルの監督だと思いました。

まったりとした空気感や結末をはっきりと明示しない点で賛否は割れるでしょうが、全体を通してかなり良くできた作品だと感じました。
皆さんも機会があればぜひ。

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