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カールマルクスが渋谷に転生した件 23 マルクスと政治とカネ
マルクス、感動する
「1億円、寄付させていただきます」
選対本部となった離れに、突然の来訪者の言葉が響く。クリプトキング氏が、さも当然のように高級スーツの内ポケットから小切手を取り出した。
「えっ」
「はっ!?」
「いちっ、億...」
全員が凍りつく中、マルクスの髭だけが震えている。
「以前のDas Kapital TVで議論した通り」クリプトキング氏が続ける。「富の集中は民主主義を歪める。だったら、この富を真の民主主義のために使わせていただきたい」
「まさに理論と実践の...」マルクスが感動的に。
「前回の『投機と投資の違い』の回で」クリプトキング氏が懐かしむように続ける。「マルクスさんから『真の価値を生むものへの投資』について教わりました。環境経済学こそ、その最たるものでは?」
「しかし」木下が申し訳なさそうに。「実は...」
「政治資金規正法により」さくらが小声で申し訳なさそうに言う。「個人の寄付には上限が」
「いくらなんですか?」クリプトキングが返す。
「150万円です」
「はぁ!?」今度はクリプトキングが椅子から立ち上がる。「冗談じゃない。価値を生まない投機マネーは野放しなのに、未来への投資は規制されるというのか」
木下が黙ってホワイトボードに数字を書き出していく。
現職の陣営:
・政党助成金:年間160億円(最大与党の場合)
・企業・団体献金:数億円
・各種団体からの支援:数千万円
・議員連盟:1000万円×数十人
「なんだこれは」クリプトキング氏の声が低く響く。「民主主義の仮面を被ったマネーゲームじゃないか!」
「おお!」マルクスの髭が喜びで踊る。「その通りだ!これぞまさに資本による民主主義の簡便な...」
「だったら」クリプトキング氏がスマホを取り出す。「私の投資仲間に声をかけます。150万円なら、何人でも...」
「待って!」木下が慌てて制する。「それも実は...」
さらに新しい項目が書き加えられていく。
・同一企業グループからの寄付は合算
・寄付の勧誘にも規制
・海外在住者からの寄付は不可
「一応制限があるように見せかけてはいるけど…」クリプトキング氏が奥歯を噛みしめる。
その時、ひかりが立ち上がった。
「でも、私たちにはあるんです」
「何が?」
「Das Kapital TVの視聴者、アンチテーゼのファン、環境系サークルの学生たち、商店街の皆さん、そしてクリプトキングさんの仲間たち...小さくても、未来を信じる人たちの力が!」
マルクスの髭が感動で震える。
「おお...これぞまさに...」
「はい、はい」さくらが微笑む。「その理論は選挙期間後に」
マルクス、愕然とする
「実は」木下がパソコンを開く。「もっと根本的な問題があって...」
画面には複雑な表が映し出される。
「これは」クリプトキング氏が身を乗り出す。
「政党と一般の政治団体の資金面での違いです」木下が説明を始める。「まず、企業・団体献金。私たちは基本的に受け取れません」
「しかし政党は?」
「資本金に応じて、一社で最大1億円まで」
「なに!」マルクスの髭が怒りで震える。「しかもその額は資本金に比例とは!まさに資本による...」
「さらに」木下が続ける。「政党助成金。これが大きい」
「税金から?」クリプトキング氏の声が鋭くなる。
「はい。最大与党なら、年間160億、平均しても30億円。これに企業献金を加えると...」
「待って」ひかりが手を挙げる。「じゃあ私たちは、個人献金と政治資金パーティーしか...」
「良いじゃないですか、パーティー!やりましょう!」ケンジが興奮する。
「待て」マルクスが尋ねる。「そもそもなぜ資金を集めるのにパーティーなどが必要なのだ?」
「政治資金パーティーのほうが、資金を集めやすいからです」西野が言い放つ。「制限が少ないんです。パーティ券と言う名目なので、献金が禁じられている支持者も実施的な寄付が可能」
「しかも、金額の上限が緩い」木下がスマホを見つめて言う。
「なんと!」マルクスが激昂する。「それではまるで抜け穴ではないか!なぜそのような仕組みがあるのだ!」
「そのパーティーですら」さくらが溜息。「一人150万円までの制限が」
「そんな仕組みは共創体には不要だ!」マルクスが鼻息を荒くする。
「つまり」西野准教授が静かに。「既存政党は税金と企業マネーで運営され、新規参入は実質的に...」
「カルテルだ!」クリプトキング氏が声を荒げる。「これは明らかな参入障壁!金融市場でこんなことをしたら、即座に独占禁止法違反で...」
「しかも」木下が新しい表を開く。「政党間の資金移動は無制限。でも一般の政治団体は年間5000万円まで。つまり...」
「大政党が資金を集中させて、特定の選挙区に...」
「そう」西野准教授が頷く。「環境問題に批判的な候補に、集中的に資金が」
部屋が重い空気に包まれる。
「これは」クリプトキング氏が拳を握る。「投資家として、いや、民主主義を信じる者として、看過できない」
「私たちには」ひかりが再び立ち上がる。「お金はないけど、拡散力がある。Das Kapital TVの視聴者だって...」
「その通り!」マルクスの髭が希望に震える。「我々には...」
マルクス、希望を見出す
その時、木下のスマホが震える。
匿名アドバイザーからのメッセージ。
『政治資金の透明性に関する新しい情報が...』
「収支報告の規定について」木下が説明を始める。「政党と一般の政治団体では、大きな違いがあって...」
「どういうことだ?」クリプトキング氏が身を乗り出す。
「政党の場合」木下がパソコン画面を指す。「監査に関する大量の書類が必要です」
「なるほど」クリプトキング氏が頷く。「上場企業のような開示義務というわけか」
「でも」さくらが続ける。「実際の資金の流れは見えにくい。特に企業献金や政治資金パーティが絡むと...」
「ふむ」クリプトキング氏の目が鋭くなる。「投資家の感覚で言えば、形式的な監査はあっても、実質的な透明性に欠ける、と」
「その通りです!」マルクスの髭が躍動する。「形式的な規制の陰で、実質的な資本の力が...」
「でも、逆に言えば」ひかりが興奮気味に。「私たちには何も隠すものがない。全ての収支を、リアルタイムで公開できる」
「Das Kapital TV的な」ケンジがスマホを構える。「選挙資金の使途、全部配信しちゃいますか?」
「おお!」マルクスの髭が希望に震える。「これぞ真の民主主義!」
「私の150万円は」クリプトキング氏がにやりと。「その透明性を実現するためのシステム構築に使ってください。仲間たちにも声をかけます」
「でも」木下が心配そうに。「それだけで勝負になるんでしょうか。相手は何十億という...」
その時、ケンジのスマホが震える。
画面にはDas Kapital TVのコメント欄が。
『政治とカネの話、まとめ動画化希望!』
『選挙資金の流れ、図解して!』
『政党助成金の使途、調べてみた!』
「見てください」ひかりの目が輝く。「みんな、知りたがってるんです。政治とカネの本当の姿を」
「そうか!」クリプトキング氏が立ち上がる。「情報の非対称性を解消する。それこそが民主主義における最大の投資だ!」
窓の外では、大手政党の選挙カーが通り過ぎていく。高額な宣伝カーから流れる音声も、もはや誰の心にも響かないかのようだった。