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ケチャップライスのカウントダウン

テレビっ子だった小学生の時分、楽しみに見ていたドラマのひとつに『ランチの女王』があった。話の筋はもうあやふやだけれど、今でもはっきり覚えているのが、竹内結子演じる主人公がオムライスを食べるシーンだ。

それまでの私の知っているオムライスといえば、ケチャップライスを薄焼き卵でくるんだ、シンプルで素朴な食べ物だった。なのにテレビ画面に現れたのは、ライスの上に大きなオムレツが乗った見慣れない姿。オムレツのてっぺんにナイフが入ると、こんもりと盛られたケチャップライスのオレンジ色の山肌に、卵でできたふわふわの黄色い雲がなだれかかった。銀色にひかるスプーンの先で、こっくりとした色のソースと柔く繊細な卵の層を優しくなじませて、口に運ぶ様子の幸福感といったら!

あれを食べたい。食べたい食べたい食べたい。居ても立ってもいられず、母に頼んで、地元の洋食屋さんに連れて行ってもらった。濃い黄色のオムレツがその滑らかな肌にナイフを入れられ、重力に耐えかねたように内側の柔らかそうな襞をさらしたとき、おいしいものを食べられるうれしさだけでなく、ドラマの主人公になったような高揚を感じたのを覚えている。

大人になってもそのときの感動は尾を引いたようで、就職を機に上京してからは、待ち時間をものともせず、たいめいけんや喫茶YOUといった「ふわとろ」オムライスの有名店に並んだ。店で食べるのに飽き足らず、自宅でオムライスを作るときも、とろとろとなだれて広がる卵を再現できるように練習した。

でも、人間って欲深いものですね。
そうしてオムレツを乗っける式のオムライスを頻繁に食べるようになりしばらくすると、急にあのシンプルな、薄焼き卵のオムライスが恋しくなってきたのだ。おいしいケチャップライスをたっぷり抱えこんで、ふっくらと膨らんだ紡錘形の姿の愛らしさ。むちむちと突っ張る黄色い肌にスプーンを突き立てて、鮮やかな橙色がのぞいた時のうれしさ。しっかりと火が通った卵の、香ばしいのにどこまでもやさしい味わい。

ふわとろでも、薄焼きでも、結局はどっちも大好きなのだ。

だから自宅でオムライスを作ろうと思い立ったとき、今の私は苦しい選択を強いられる。今日はどっちにしよう。ふわとろ? 薄焼き?

決められないまま、今日もとりあえずケチャップライスを作り始める。玉ねぎとピーマンをみじん切りにして、ウインナーは小口切り。バターをひいたフライパンで炒めて塩コショウをふり、冷ご飯を加えてさらに炒める。米粒がほぐれて油が回ったら、ケチャップのチューブを思い切りよく絞る。

選択のデッドラインはケチャップライスを作り終え、卵を割る瞬間だ。ふわトロならひとり3コ、薄焼きなら2コないし1コ半。卵の数で、未来が決まる。

ケチャップの水気はほとんど飛んで、ごはんも具も鮮やかなオレンジに染まっている。隠し味に、ウスターソースと醤油をひとたらし。フライパンから漂う良い匂いが、カウントダウンを始めた。

さあ、卵、何個にする? さあ、さあ、さあ。

カウントダウンに急かされて、ままよと冷蔵庫のドアに手をかける。
追い詰められてはいるけれど、この問いに不正解はない。だって、どっちもおいしいのだもの。






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