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【連続小説25】愛せども

僕は状況をナカダさんに話した。ナカダさんは大きく息を吸い込んで、
「ひとまず帰ったほうがいいな」と言い、僕の目をじっと見つめる。
「俺と飲むのなんていつだってできる。なにが起きてるのか把握しておいたほうがいい」
「申し訳ないッス」と僕は財布に手を伸ばし、お札を出そうとするが、5千円札しか入っていなかった。それをナカダさんに言うと、「いいよ、今日は」とのことで、お礼を言って店を出た。

リサはどうして僕のLINEを勝手に通話状態にできたのだろうか。いくら考えても理解できない。頭の中がごちゃごちゃのまま、マンションのドアを開ける。

僕はリサの部屋の前で話しかけた。
「ただいま。ちょっと聞きたいことあるんだけど、いいかな」
「なに」
「LIINEどうやって勝手に通話にしたの」
リサは何も答えず、無言が続く。

「LINE、私がログインできるの知ってるでしょ」
知らない。どういことだ。リサは僕のLINEにログインできるということなのか。確かにスマホを預けたことはあるし、パスワードの候補もすべて伝えてある。伝えないとリサが不機嫌になるし、これからずっと一緒にいるのだから、それくらいしなきゃいけないと思っていた。しかし、勝手にLINEにログインされるとは思っていなかった。

もし、それができるとしたら…
リサのPCから僕のLINEにログインし、リサのスマホから僕のLINEに通話を掛ける。すると、リサのPCで着信を許可すれば、通話は成立する。通話設定の音声デバイスがスマホになっているから、リサのPCではなく、僕のスマホと通話できてしまうというわけか。

恐ろしい。考えただけでぞっとする。しかし、たぶん気付いてしまった。GPS情報は共有している(させられている)から、店に入った瞬間に通話をつなげれば、ナカダさんと飲んだときの盗み聞きは成り立つ。

終わった。外で自由にしゃべることもできなくなった。

なにも考えたくなくて、散歩したくて外へ出た。長かった夏が過ぎ去り、肌を心地よく冷やす風に体を任せる。行き先を決めずにゆっくりと歩を進め、ぼーっとし過ぎていたのだろう、一定の時間を開けて警告音が響く場所に立ちすくんでいるところで意識が戻った。

目の前には踏み切りがある。ふくらはぎが張っている。ここでだいぶ長いこと突っ立っていたようだ。通行人は訝しげに僕を横目に見て、通り過ぎていく。ここに飛び込んですべてを終わりにしたい、そう思っていたのか。自分が?意識と無意識の境目に立ったような感覚が、確かにあった。


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