しあわせのパン
「好きな映画は?」と聞かれたら、しあわせのパンと答える。
数年前、近所のレンタル屋さんでDVDを借りて見ていた時代に出会った作品だ。
しあわせのパンは北海道・洞爺湖のほとりの小さな町、月浦を舞台にした映画である。
東京から月浦へ越してきた二人の男女が営む、宿泊設備も備えた「パンカフェ マーニ」。
そこへ夏・秋・冬の季節ごとに訪れる3組のお客様と、近くに住む人たちとの関わりを描いた作品だ。
そこにはアクション映画にある派手さや、ドラマチックな展開のような激しさはない。
あるのは画面に大きく映る洞爺湖のような静けさだ。
3組のお客様の物語は、日常を少し越えたくらいの誰にでも起こりえそうなドラマである。
だけれど誰もが煩雑とした生活の中で忘れてしまっていた、そばにあるはずの日常の貴重な時間がそこにはある。
それは水縞くんが丹精を込めて一から作るパンに、りえさんが丁寧に入れる一杯のコーヒーに現れている。
美味しそうな香りを漂わせている料理だったり、
月浦の自然あふれる風景だったり、
登場人物たち同士の語り合いや、月浦で過ごす時間の中での気付きだったり、
そういったことが丁寧に描かれているのがこの映画の魅力だ。
ただ、この作品に私が強く惹かれた理由は、
りえさんと水縞君の間にこぶし二つ分くらいある、なんともいえない距離感であった。
親密さこそ感じないが、お互いがお互いを信頼しているというのが伝わってくる距離感。
おそらく意識せず自然のままのりえさんと、意識してその距離をとる水縞くんの関係性に、はがゆくもありながら見ていて羨ましさを覚えた。
そのこぶし二つ分の距離がこぶし一つ分くらいになっていく瞬間もまた、たまらなくいい。
映画の中に登場する言葉で、今の自分に救いとなっている言葉がいくつかある。
それを最後に紹介する。
しあわせのパンは私にとって、
日々考えすぎて重くなってしまった心を優しく癒し、そしてぽっと灯を灯してくれる映画である。