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短編文学的エッセイ 【8分間の愛し方】

僕は仕事の日、家を出る1時間15分前に目を覚ます。カーテン越しに射し込む光を背に、ベッドの端に腰を下ろす。グラス1杯ほどの水を口に含み、目を覚まさせる。それからベランダに出て、早朝の空気を吸い込み、目を閉じたまま顔に日差しを感じる。ぼんやりとした意識の中で、軽くストレッチをし、徐々に身体が覚醒していく。

ここまではいつも通りの朝だ。何も変わらない、規則正しいリズム。歯を磨き、顔を洗い、髪型を整え、服を着替える。そしてふと、時計を見る。あと8分。そう、今日は少し余裕がある。この8分間がどれだけ一日の幸福度を左右するか、僕はよく知っている。8分という時間は短いが、だからこそ、その価値は大きい。

キッチンに向かい、いつものドリップコーヒーの準備をしようかと思ったが、そこまでの贅沢をする時間はない。そこで手に取ったのはスターバックスのインスタントコーヒーだ。ドリップのように深い味わいはないが、急いでいる時に飲むこの手軽さが、今日の僕にはちょうどいい。

カップにお湯を注ぎながら、僕はふと考える。人の幸福というのは、こうした些細なところにあるんじゃないかと。特別な出来事や大きな変化ではなく、たった8分間、いつもとは少し違う時間に、一杯のコーヒーを静かに飲むこと。その8分間が、僕にとっては何よりも大切なひとときだ。

椅子に腰掛け、コーヒーカップを両手で包み込むように持ちながら、コーヒーを一口飲む。濃い苦みが舌の上に広がり、それからすっと消えていく。その一瞬が、まるで別の世界にいるような気持ちにさせる。しばらくの間、コーヒーの香りに包まれて、日常の雑音から解放される。

幸福とは、いつもと違う時間に、一杯のコーヒーを飲むこと。僕はそう思う。それだけで、一日は少しだけ違って見える。今日は、その違いを感じられる日だ。

※この作品はフィクションです。
※特定の個人・団体とは関係ありません。

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