梅の恨みをAIに祓ってもらう 燻製スパイス梅酒ケーキ編
前回の記事では、梅の恨みを祓うためにAIに頼ったはいいものの、そのAIに取り憑かれ翻弄される、一種のミイラ取りがミイラになってしまう状態──そういった体たらくのまま終わってしまった。
今回は、「ミイラ取りがミイラになったそのミイラを取りに行く」ことをテーマにした記事にしていきたいが、気を抜くと「ミイラ取りがミイラになったミイラを取りに行ったミイラ取りがミイラになる」といった無限回廊に迷い込む可能性もあるので、気を引き締めて臨みたいところだ。
──ん?
──何を言ってるかわからない、だって?
大丈夫。私にだって───
───わからないのだから。
さて、今回は、えもじょわ氏のキャロットケーキレシピをベースに、人参を梅に置き換えて作っていくことにした。なぜこのレシピを土台にしようと至ったかは、冬の逢魔刻の切なさのように、私は言葉にすることが出来ない。
それはさておき、調理をはじめていこう。
まず、種を除いた梅の裏漉しから始めようと思ったものの、それは裸足の鉄人アベベの足の裏がごとく強固さをまとい、とてもじゃないが裏漉せそうにもない。無理に力を込めて網目に押し付けようものなら、網がひしゃげるか木べらが折れて妻にサンダーを落とされるのが関の山である。
出鼻をくじかれて途方に暮れていると、
汝、梅を刻みたまえ
などと上空から天啓が降りてきたものだから、私はすみやかに包丁を手にとった。
ついさっきまでは、なめらかに裏漉してペーストにするつもりだったくせに、いまでは「実の食感を楽しむ脳」にすっかりと変換されてる我が脳の都合の良さに呆れつつも、淡々と包丁をふるって梅を細切れにしていく。
あとは刻んだ梅とナッツを生地に混ぜ込んで焼くだけだが、せっかく手に入れたピーカンナッツだ。ここは背筋をスッと伸ばして燻製にしていこう。なぜなら、私は燻製家だ。
燻製をせずにはいられない。
木から落下する林檎を目撃したニュートンが万有引力を着想せずにはいられなかったようにだ。
山桜の燻材で強めに仕上げたピーカンナッツをひとつ齧る。鮮烈な桜の燻香とピーカンナッツの甘味がたくみに混ざりあって素晴らしい味わいだ。私は思わず貯蔵庫から秘蔵のコニャックを取り出そうとしたが、蒟蒻ひとつ上手く炊けない男の腕にコニャックなど宿るはずもないので残念ながら先へ進もう。チッ。
混ぜ込んだ材料に、大盛りのカルダモン、シナモン、ジンジャー、クローブを投入していく。よりスパイシーにし、あわよくば酒のあてにするのが狙いだ。
クッキングシートを敷いたパウンドケーキ型に生地を流し入れる。こんなにも──ねっちりべったりとした胡乱な物体が、たかだか数十分箱のなかで熱するだけでふっくらと芳しく焼き上がるのだろうか──この目に映る世界ははたしてホンモノなのだろうか──などと疑心暗鬼に陥って、妻子にむかって「お前らは誰や家族をどこへやったんや」などと取り乱しそうになるが、ここはグッと歯を食いしばって分別を死守していく。
お菓子づくりに大切なことは、1に分量、2に分別。34がなくて、5に分別だ。これはきわめて大切なことだが、人に話すとアレなヒトだと思われるので胸に秘めて日々を過ごしていこう。
焼き上がりに綺麗な割れ目にするため、オーブン半ばでナイフを入れるのだが、
「せめて焼いている時間くらい自由にさせてくれよ。まったく面倒くさいやつだなきみは」
などと腹を割って話しながらじわじわと生地の腹を割っていくのが、綺麗な焼き上がりへのお呪いだ。
おお──なかなかにふっくらとした焼き上がりだ。
あんなにもねっちりべたべたとした物体Xをここまでふっくらと膨らませるベーキングパウダーと重曹の圧倒的かつ完全無欠な「膨張力」に私は圧倒され、焼き上がったケーキに向かって「先生…」と呟いた。私がもう少し若ければ、男性器に振りかけて縦横に膨張するか試みたのかもしれない。それにしても──なぜ、私はこんなことを書いてしまったのだろうか、などと後悔するとともに、心のなかに留めておくべき著しく品性に欠ける珍妙な話を開陳してしまったことを、ここに陳謝しておきたい。
倅の成長譚はさておこう。
ケーキがまだ熱いうちに、梅酒をケーキに塗りつけていく。「しうぅ」といった様子で染み込む梅酒に、ケーキも大変嬉しそうだ。「どうだい梅酒は良い心地だろう」などと声をかけたが、待てどケーキからの返答はなかったので私は舌打ちをひとつしてからラップに包んで冷蔵庫にそれを放り込んだ。
さて、あとは食べる直前にクリームチーズと粉糖でフロスティングを作り塗って完成だ。冷蔵庫でケーキを休ませている間に、せっかくだからクリームチーズも燻製していこう。「せっかくだから」「ついでだから」「きりのいいところで」といった類の曖昧模糊としているくせにやけに力を持つマジックワードは、言語化が面倒なときの便利屋さんだ。せっかくだからどんどん活用していこう。
クリームチーズは熱に弱いので直下に氷を敷き詰め温度上昇を抑えながら燻す冷燻法で行った。燻材は、リンゴのチップに泥炭を少々加えたものだ。
リンゴの木と泥炭を使用する、と一聴すると、とても料理に使うとは思えず、なんだか魔女の煎薬でも出来るのかと、不可思議な気持ちになる。これに加えて百足の干物や大蝙蝠の目玉でも入ろうものなら、人のひとりやふたりなら簡単に呪殺できる燻製に仕上がりそうだ。
ひと晩、煙を馴染ませたクリームチーズに粉糖と少々のレモン汁を加え混ぜ、フロスティングを作る。ゴムベラをコテ代わりに、ぺったんぬりぬりと左官仕事だ。
塗り終えたら、コテに残ったフロスティングをごってりと指ですくって舐める。しゃもじに残った米粒といい、道具にひっついたものはなぜこんなにも美味しいのだろうか。
さて、話は紆余曲折を旅したが、ようやく梅酒の梅──それを使ったケーキの完成である。
フロスティングごとごそっと崩して、口いっぱいに頬張って味を探ってゆく。
──おお....これはいい。
スパイス──特にカルダモンとシナモンがよく効いていて、燻香との親和性が抜群だ。
梅酒、そして梅の実の風味もしっかりと効いていて、ケーキの役者として良い仕事をしている──いや、人参感の薄めなキャロットケーキに較べれは、むしろ梅のほうが主役的ですらあった。
うまいなうまいな──と、想像以上にうまくいった梅ケーキに舌鼓を打ちつつも、私の心に垂れこめたどす黒い雲が晴れることはなかった。
このケーキに使用した梅は100グラム。梅酒ひと瓶に使った梅は1キロだ。つまり、瓶にはあと900グラムも残っている。そして──あと2瓶の梅酒が熟成中だ。
計2,900グラム分の梅の恨みを──私は背負って生きていかなければならない。
──最後に、AIに訊いてみた。
全身が粟立ち、厭な汗が背中を伝う───。