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書評 #33|クレイジーフットボーラーズ ピーター・クラウチが明かす プロサッカーの裏話

 イングランド代表やリヴァプールをはじめとする数々のクラブで活躍したピーター・クラウチ。長身フォワードが書き上げた本著は著者の視点で捉えたサッカーにまつわる秘話集であり、力が絶妙に抜けた自伝にもなっている。読みながら、”Laid-back”という言葉が何度も頭に浮かんだ。「くつろいだ」という意味だが、「素直」であり、「飾り気がない」という言葉のほうが肌に馴染む。

 クラウチはデビッド・ベッカムでもなく、クリスティアーノ・ロナウドでもなければ、リオネル・メッシでもない。イングランドのサッカーに少しでも触れた人間であれば、彼はスターと表現されるだろう。しかし、「スーパースター」ではない。それは本人も理解していて、ロボットダンスに象徴される三枚目のキャラクターを体現している。それが本著と読者との結びつきを密にし、読み進めるにつれ、その関係は深まっていく。

 「クレイジー」という言葉から連想される狂気の色は薄く、裏話の数々に驚愕するようなこともほとんどない。しかし、それは期待未満ということではない。ベールの先に隠れた選手たちも一人の人間であり、適度なユーモアによって、彼らが思ったよりも遠い存在ではないと感じさせてくれる。

 キットマンから試合後にプレゼントしたシャツを請求されたり、選手の個性を尊重しないことを「丸釘を四角い穴に刺す」と表現したり、尊敬を示しながらも、イングランドに渡った川口のプレミアリーグとの相性の悪さを指摘したり。穏やかな文章の中に混じる鋭さと厳しさを伴った意見は知的な印象を与える。

 無数の角度からサッカー選手としての成功に関して言及しているが、大事な能力として「ミスをしたらどんなことになるだろう」と心配しない点を挙げている。そして、「本能のままにプレーしよう」と推奨する言葉に少なからず重みを感じた。それはクラウチが到達することの叶わなかった領域なのかもしれない。そのように思いを巡らせると、彼が持つ感受性の強さと言語力の高さを僕は感じる。

 本著は感謝の手紙でもある。現役時代に仕えたハリー・レドナップ、ラファエル・ベニテス、ファビオ・カペッロ。チームメイトとしてプレーしたスティーブン・ジェラードやジェイミー・キャラガー。それぞれで度合いも異なるが、クラウチの大切な部分を彼らが占めていることが伝わる。

 飛行機、バス、国際的なホテル、用意された食事、サッカーの試合、バス、ホテル、家。ずっと続いていくサッカー選手としての生活。そんな彼の生活に色をもたらしたエピソードの数々を一緒に旅するような気持ちで多くの読者に楽しんでもらいたい。


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