『ちゃんとしなくちゃ』をやめたい人へ
こんにちは、ゆみです。
フリーランスコーチをしています。
人材育成やキャリア支援分野で特にコーチングをしてきました!
みなさん、職場でお仕事に取り組むとき、もしくは、普段、他者に関わるときに「ちゃんとしなくちゃ」みたいな思考が巡るときありませんか?
「え?ちゃんとしなくちゃって別にいいことじゃない?」となると思うのですよね。
実際このマインドが根付いている方は、とってもまじめで、誠実にお仕事されている人が多いです。
周りにも迷惑をかけないように頑張っているからだし、結果として責任感も役割意識も強い人を生み出すなとよく感じます。
しかしですね、「ちゃんとしなくちゃ」という思いが強い人ほど、
気づかないうちに、自分のやりたいことやしたいことを我慢していたり、周りに求められる役割を優先して、他者からは思いがけず「怖い人」と言われてしまうこともあるのです。
気付くとめちゃくちゃ仕事を抱えていたり、周りに仕事を任せるのが苦手だったり、そうしたいわけじゃないのに自分にも他者にも厳しくなってしまったり。
実は、わたしが向き合ってきたクライアントさん、これがかなーり多いんですよね。
これって、本人からするとめちゃくちゃ不本意なのですよね。
厳しい自分も必要なんだけど、正直もう疲れちゃったという思いや、こんなに気を貼って生きるのはもうやめたいと思っている人も少なくないなと思ったりします。
今日のnoteは「ちゃんとしなくちゃ」がそろそろ苦しいなと思っている人へ届くといいなと思って書いています。
「ちゃんとしなくちゃ」が生む不本意
自分としては、すごく周りに気を使っているし、できる限り迷惑をかけないように「ちゃんとするようにしている」んです。
自分の言葉というよりは「役割意識」や「やらねば」から言葉が出るようにようになって、自分の要望ややりたいことがわからなくなるくらい抑圧してしまうことなんてザラに起きてしまったりします。
意外にこういう人こそ、根っこの部分はわりと、楽しくわいわい話をしたいタイプでもあったり、周りとも仲良くしたい人が多いです。
本当はいろんなことに挑戦してみたいしやってみたいことも、昔はたくさんあったはずだけど忘れていってしまった人が多く、気づかぬうちの我慢が増えていくのですよね。
そうなっていくと、だんだん、我慢をうまく周りに利用されてしまって、一人だけ夜遅くまで残業してしまうとか、他の人がやらないといけない仕事まで請け負って、職場でいつも疲れているのは自分だけみたいなことが起きている可能性だってあります。
それでも、「ちゃんとしないと」が働いてやめられない。
周りとの距離が生まれたり、自分としては不本意なフィードバックを得たり。
本人的には「踏んだり蹴ったり」みたいなことを感じるわけです。
「呪い!?こわい!」
と思うくらい負のループの中に生きているわけですね\(^o^)/あわわ
負のループが生まれる理由
周りからの期待を受けやすい会社という組織に適合がうまくって、このループから抜け出せなくなるわけです。
このループを生み出すきっかけとなるのは、昔の家庭環境の影響があったりすることが多いです。
相手が毒親だとか、そういう話ではないのですよね。
一般的な家庭でもこれは起きます。
例えば、ご家族がめちゃくちゃ厳しくて、抑圧されやすい環境にいたとか、逆に家族の中に逆に「全然ちゃんとしていない人」がいて、迷惑をかけられて早く大人にならないといけない環境にいたとか。
「我慢をしないといけない」、「ちゃんとしないといけない」環境の中で生きてきた人というのは、それをやめてしまうと「自分は周りに迷惑をかける」「嫌われちゃう」とか「孤独になる」「必要とされない」「価値がなくなる」という深い痛みをかかえていることがあったりします。
深い痛みや思い込み、そこから生まれた「ちゃんとしなくちゃいけない」は、その後の人生や、周りの人を救ってくれたからこそ、この思い込み根深いものだったりします。
原因に気づいたら、もしかしたら、はっとしている人もいるかもしれません。
それでもね、実際、あしたから「ちゃんとしなくていいよ」っていきなり言われても、たぶん辞めることはできないんですよね。
もしかしたら「そんなこといわれても、、、」となるかもしれないなと思ったりします。
途方もない感情になるかもしません。
そもそも、辞めたいとおもっていないかもしれないですしね。
ただ、どこか根本的に願っていることは、「孤独にならない」「安心したい」「自分の思いを相手に受け入れられたい」という思いがあるからこそ、ちゃんとしないといけないを選択している可能性が高いのですよね。
この恐れをすべては手を放す必要はないかもしれません。
恩恵は実際受けてきたことがあるのだから、きっと大切なものでもあると思うのです。
しかし、もし「ちゃんとしなくちゃ」が過剰に生まれていて、今の自分を苦しめていることがあるのであれば、少し手を緩める時期は来ているのだと感じます。
ここで大切なのは、「ちゃんとしなくても愛される」「わがままを言っても愛されるのだ」ということを少しでも思い出すことだったりします。
幼いころはきっと記憶の中で確かに、ちゃんとしないといけなかったかもしれない。
でも、大人になるまでのプロセスの中で間違いなく、ちゃんとしなくても愛されたり、わがままを言っても受け入れてくれる人がいたはずなんです。
そして、そもそも、もっと根本を言えば、他者にそれを求める必要ももうなくなっている自分であることを思い出すことです。
「ちゃんとしていなくても自分だけは自分を見放さない」という自己信頼を持てるようになることが大事だなとも思ったりするわけです。
「ちゃんとする」を手放した、先に見えること
「ちゃんとする」と手放したその先に見えることは、少し自分にわがままになっていくことな気がしています。
これは一見、ダメなことに聞こえるかもしれないなと思うわけですが、むしろこれまで「ちゃんとしなくちゃいけない」と考えていた人は少しずつ、自分が「誰かのため」「なにかのため」に犠牲になることや搾取され続けることからの解放への一歩だなとも感じます。
自分自身がわがままだと思っていたことを周りに勇気をもって言うことは、むしろ周りから聞いたときに「なんだそんなことだったのか」と受け入れられて拍子抜けするなんてことは多くあることです。
「ちゃんとしないといけない」自分に気づいて、自分のこうしたいという思いを出せるようになると、少しずつ自分にも、周りにも柔らかく接することができるようになって、周りとの関係性が改善する人もいますし、仕事との関り方も緩めることができるようになった方も多くいます。
「ちゃんとしなくちゃ」を手放す、もしくは見直すということは、
他者との関係だけではなく、ずっと付き合っていくこれからの自分自身との関係性を改善していくことにつながっていくと感じます。
どうやっても自分とは一緒に生きていかないといけない。
誰かと関係性はときに諦めたり、離れたりすることもできます。
でも、どんなに自分自身とは生きている限りは死ぬまで一緒に生きていかないといけません。
自分と仲良くなることは、他者との関係を癒し、自分自身のこれからの生き方を見直すきっかけにもなるのです。
他者との関係だけではなく、自分自身との関係を見直して行きたい方へ。
今の自分はこんなこだわりがあってこじれているかも、考え直したいなと感じた人は、気軽に「こういう場合はどう?」みたいなお話しに来てください。
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たくさんの自分のこだわりを握りしめてきていた、人間関係と自分との関係に悩んできたリーダー200名以上伴走してきましたからこそ、わたしだからつたえられることもあります。
わたし自身も生きづらさを感じ、周りから見える自分と自分が認識している自分の違いに苦しみ、こだわりを緩めてきてやっと「生きていてよかったな」と感じられるようになりました。
自分との関係は一番自分自身が見えないものです。
ぜひ、第三者のコーチを頼ってほしいです。
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