行き先に迷うすべての人に。現在進行系の人生を描く「ぼくにはこれしかなかった。」を読んで
誰かの人生の「転機」に興味がある。
転機の何がおもしろいって、転機って人生において結構重要なシーンなのに、そのほとんどが「今」その時に転機だと思えてはなくて、むしろ本人にとってはどん底あたりだったりすることが、往々にしてあるということ。
「全裸監督」で黒木香も言ってた。『サインはきっと絶望の近くにある』と。
今日はそんな「転機」についてを実直に、ときに苦しみながら綴られた本『ぼくにはこれしかなかった。』について書きたい。
実は自伝が苦手だった
転機に興味があると言いつつ、実は自伝書を最後まで読み切ったことがほとんどない。
なぜ読み切れないのか明確な答えは出していないのだけれど、多くの自伝書は転機半分、成功半分くらいの構成で成り立っているからだと思う。生きている限りすべての出来事は経過なので「転機によって成功しました」という話には非常にモヤモヤしてしまうのだ。ひねくれ者でごめんなさい。
そんな自伝読み切れない系の私が、夢中になって1日で読み切った本が『ぼくにはこれしかなかった』だった。
この本は転機によって成功した話ではなく、転機に出会うまでの苦しみと、転機に出会ってからの苦しみの両方が誠実に描かれている。決して美談にしていないにも関わらず、それらを素直に見つめる著者の人生への態度が清々しくて、真っ直ぐにわくわくもドキドキも悲しくも虚しくも楽しくも嬉しくもさせられる。そんな本だった。
盛岡市の本屋「BOOK NERD」店主が書く、現在進行系の物語
この本を書いた著者が営む本屋「BOOK NERD」は岩手県盛岡市にあるのだが、実は私は少し前に、片道10時間かけてこの本屋に行った。
盛岡に行ってまで買いたかったのは別の本だ。くどうれいんさんのZINE『わたしを空腹にしないほうがいい』。昨年からくどうさんの文章に魅了されている私は、これまで彼女が執筆したものは数ページだけエッセイが掲載された雑誌も含め、すべて買い占めている。
だけど彼女のデビュー作『わたしを空腹にしないほうがいい』だけは、現地で買う必要があると前々から思っていた。「BOOK NERD」という場所が、絶版になりかけていた『わたしを空腹にしないほうがいい』を出版に導いたというストーリーがあったからだ。
くどうさんは著者の早坂さんについて、ブログにこう綴っている。
早坂さんが2018年に、自分の本よりも先に、どこの村娘かもわからない私の本を、お店の人生を占うような賭けの出版をしてくれたこと、わたしはおばあさんになるまで感謝し続けると思う。
これはもうファンとしては、ネット越しに指一本で買うわけにはいかない。そう思ったので、人生ではじめて片道10時間かかる本屋に行ったのである。
いざ、BOOK NERDへ。
歩き進めるほどに、本屋がありそうな街ではなくなっていく道の途中に、BOOK NERDは佇んでいた。想像以上に素敵な佇まいだった。
中に入ると、店主の早坂さんらしき人が絶妙なトーンで「いらっしゃいませ」と言ってくれた。あ、素敵な声だな、と思った瞬間、お香のいい匂いが鼻の奥までとおり抜けた。ビジネス書が一切ない本の並び方も最高に好きだった。
早坂さんらしき人は、よく喋るお客さんと会話している。その声をBGMのように耳に入れながら、店内を見渡し、本を眺め、だけど長居するわけにはいかないと思い、素早く本を数冊手に取り会計をした。
手にとったのは数冊の素敵な本と『わたしを空腹にしないほうがいい』2冊と、店主の早坂さんの自伝書『ぼくにはこれしかなかった』。
『ぼくにはこれしかなかった』を買ったのは、本の中にくどうさんが少なくないページ数登場することを知っていたからだ。(以下ブログにて)
そんな不純な動機で本を買ったのははじめてだったけれど、お店に足を運び、その素敵さを実感した私は既にこの本が「読みたい本」になっていた。
震えた。泣いた。止まらなくて読了した。人生に迷うすべての人に勧めたい一冊
本に綴られていたのは、ひたすらに真っ直ぐで等身大な人生のこと。
本の冒頭に「人にはたぶんそれぞれ帰属すべき居場所がある」と綴られていて、その後には君も探そうよ、僕もいま探している、という雰囲気の言葉が並んでいる。
はじまりから、あ、いいな、と思った。帰属する場所があるという言葉がすごくしっくりきたから。あらゆる物事にああでもないこうでもないと感じてしまう自分にゲンナリする時もあるけれど、「違う」と感じることは違わない場所に出会うためのひとつのアンテナなのだ。
本に書かれていたのは、あまりにもリアルな人生だった。なんだかな、コロナ禍だからかな、最近は自分以外の誰かのリアルな人生を眺める機会なんて無かったから、読みながら物凄い勢いで感情が溢れ出してしまった。
泣いたり笑ったり喜んだりうわ〜まじか〜ってなったりして、気付けばすっかり著者の人生に没入してしまっていた。1日で読み終わったはいいけど読了後にどっと疲れて即寝した。
この本が伝えているのは、成功するための秘訣や自分の人生を勝ち取る方法といった指南的なものではない。もっと複雑で、もっと奥深い人生のことだ。
自分の人生を自分で選び抜くことと、選んだって失うこと、それでも何かを選ぶということ、逃げないこと、誰かが去って誰かが来ることの素敵さと虚しさ、失ったものが何だったのか気付くこと、消化することとしないことなどをとことん正直に、誠実に、ときに苦しみながら書いている。
正直に文章を書くって実はとても難しいことだと思う。それはだって人前だから。だいたいみんなある程度に留めてる。だけど著者はとても正直に書いていると思う。これほどに等身大で1冊の本が書けるほど、自分の人生を素直に見つめて生きていけるって、ひたすら自分に向き合った人が持つ強さだなぁとも思った。
いま抱える迷いや苦しみも、人生にとって大切なシーンなのかもしれない
この写真は、BOOK NERD近くで見かけた看板だ。耳にタコができるほど聞かされてきた言葉だが「行動しなければ何も変わらない」という事実はいつの時代も変わらない。
いま、人生について、生き方について、働き方について何かを考えている人は多いのではないだろうか。
コロナ禍によって、自分の仕事が「不要不急な方」に分類され、存在意義が見い出せなくなってしまった人、転機だと捉えて新しいビジネスに挑む人、新様式への対応に急ぐ人、仕事がいっさい無くなってしまい、無気力になってしまった人、お店の継続に悩む人、割り切って休む人、など、いろんな変化にいろんな対応をした人に仕事柄たくさん出会った。
そしてなにより私自身もそのひとりで、コロナ禍によって好きな仕事ほど動きにくくなってしまった。私がやりがいを感じていた殆どの仕事が、コロナ禍では「不要不急な仕事」どころか「不謹慎な仕事」に分類されることに落ち込んだ時期もあった。
だけどこの本を読んでいると、悲しみも苦しみすべて、きっかけなのだと思えてくる。
昔、尊敬する人に教えてもらった言葉を思い出した。「大変」という言葉は大きく変わると書く。
いまじゃないと気付けないこと、いまじゃないと出会えない自分がきっと必ずいるはずだと本が教えてくれたから、いま悲しみのど真ん中にいる人ほど、この本を手に取って欲しい。悲しみとどう向き合うかで、きっと未来が変わるから。
最後に、本について書かれた一文が印象的だったので引用して終わりにしたい。
想像力をわすれた、考えることをやめてしまった人びとが増えている。インターネットの情報をそのまま額面どおり受け取る。誰かに言われたことを自分でよく考えもせず、そのとおりに実行する。いつからそうなったのだろう。ぼくたちがインターネットを見ることばかりに集中し、本を読まなくなったことと関係しているような気がしてならない。考えるのをやめるということは生きることをあきらめるのと一緒だ。だからぼくは今日も本を読み続ける。
いまこそ、自分自身の人生について、自分の頭で考えたい。だから私も、本を読み続けたいと思ったのだった。
余談だが、この1件ですっかりBOOK NERDおよび早坂大輔さんのファンになってしまった。1年に1度くらいは盛岡に行けるように、がんばって働きます。