見出し画像

【猫様の嘴】第二十四回「名探偵、老いる」

 若いうちに、名探偵として名を馳せれば、その家に"老い"がやってくるだろう。現実には、若いうちに、それほど名声を手にする人が多いとは思われない。
 けれども、若き名探偵が出てくる小説は、昔から枚挙に暇がない。歳をとって、力が衰えた名探偵が登場すると、私が真っ先に思い浮かべるのは、吉川英治の「牢獄の花嫁」である。この作品は、noteで朗読を続けて全部読みきった。王道ながら予想もつかない展開が次々とやってくる。初めて読んだときの感動を超える事はなくとも、何度も読み返している作品だ。

#名探偵のままでいて

 少し匹の弱いタイトルだ。探偵の話なら、その探偵の名前を題名につけるのが1番簡単だ。冒頭に読書好きの認知症の老人の話が始まるので、この人が元の名探偵なのだろうとはわかる。という事は、つまりそのおじいちゃんに名探偵でいて欲しい誰かは、たいていは孫だ。わかりやすい入りから始まって、老いていく祖父を切なく眺める孫娘の描写が丁寧に描かれている。

 ここで多少違和感を抱くとしたら、孫にとって祖父母は最初から老いた存在だと言うことだろう。認知症が辛いことなのかどうか。世話をするか家族が大変であれば、確かにそうだけれども、病気を患ってみれば何もかも訳がわかっていて、体が悪くなっていくのも辛いものだ。

 ずっと〇〇でいて欲しい。ずっと素晴らしい料理人でいて欲しいとか、ずっと素晴らしい政治家でいて欲しいとか、そのような願望を抱く人と抱かない人がいる。いちど、名声を手にしてしまえば、周囲は変わらないままでいて欲しいだろうか。人によって、それぞれ人生の階段があって、年齢に見合ったライフステージがある。

 認知症患った、この登場人物は、名探偵として本を論評する。この点既視感がありつつも、普通一般の老人の行動ではないので、意外性もある。例えば私は親も祖父も読書家で、家に本がいっぱいある環境で育ったが、同じ本を読んで感想を言い合うような事はなかった。私が一方的に感想を話しても、母は聞くだけだ。祖父は私が小学生の時になくなってしまったが、生きていたとしても、仲良く論評できるような間柄ではなかった。下手なことを言えば、私の知識の浅さが露呈して、どれほど祖父の怒りを買ったかわからない。

 近しいもの同士で論理的に物事を話し合うというのは、土台物語の中の空想話なのだ。自分より賢い先人には何も言わぬが吉である。会社でだって、新人は先輩に何も言えない。それが日本というものだ。

 憧れるような現実感のない孫と祖父の関係。また正気である祖父の決めつけた価値観。

 私はクジラの夫婦の話を思い出した。クジラは夫が捕まると海岸まで船を追いかけていきて、涙を流して、そのままメスのクジラが死んでしまったりすることもあるそうだ。あるいは数日間、そこにとどまることもあると言う。番をなくして、何も手がつかなくなるのは、男性のみとは限らない。男性に捨てられてて、絶望に打ちひしがれる女性が世界中どれほど多いことだろうか。男性は女性の情の深さを知らないのだ。

 そんな価値観の相違は、置いといて、話の本筋を書いてしまうと、ネタバレになる。

 冒頭の認知症の人が見る世界の話は面白くて、すらすらと読み進められた。非常に読みやすい作品でハードボイルド小説のような凄惨さもなく、どの年代の人にもオススメの作品だ。

#読書感想文
#小西マサテル

いいなと思ったら応援しよう!

猫様とごはん
よろしければサポートお願いします。いただいたものはクリエーター活動の費用にさせていただきます。

この記事が参加している募集