脚本家が書いたショートドラマ『はじまりの青』
「───こんなときに死にたいなんて言えないあなたへ」
× × ×
───賃貸アパートの一室。
田崎美森(33)が、不動産業者との手続きを済ませる。
業者「(電卓を見せて)こんな感じになります」
田崎「わかりました。ありがとうございました」
サインをする田崎。
× × ×
また別の賃貸アパート。
おそらく二人暮らしであろう部屋。
音羽ふみの(30)が、ベッドサイドに手紙を置く。
玄関を閉める音羽。
× × ×
とある別荘地近くの最寄り駅を降りる田崎。
車から顔を出す男。
上森圭亮(39)。
すでに音羽ふみの、小宮迅(24)がいる。
互いにぺこり、と。
× × ×
上森「みなさん、お住まい、勤務先等、各種事務処理、他人への迷惑を最小限に抑えられるよう手続きはお済みですか」
田崎「お済みでーす。(音羽に)けっこう大変でしたよね」
音羽「私は、家はまだ住んでる人がいるんで」
田崎「え、それ大丈夫?」
音羽「書き置きしてきたんで大丈夫です」
田崎「え、それもっと大丈夫? 彼氏?」
音羽「そういう内容じゃないんで、大丈夫です。勤務先とか、それ以外は、アレしてきました。」
上森「小宮さんは?」
小宮「大丈夫です、多分」
上森「多分大丈夫なら大丈夫!では、出発しましょう」
× × ×
上森の運転する車が海沿いを走る。
田崎「ベンツサイコー! やばいベンツ初めて乗った!」
音羽「天気もサイコーですね」
上森「天気予報チェックしてきてますから」
田崎「ちょーーきもちいーーー!!」
小宮「……」
音羽「上森さんなんですか? あのウェブサイトデザインしたの」
上森「そりゃそーでしょ。誰にも頼めないでしょ」
田崎「たしかに」
上森「そうですよ。たまたま、そういう仕事なんで、作るのはそんなに大変ではなく」
音羽「デザインがほんとイケてて」
田崎「上森さん、オシャレですもんね。夏フェスとか行ってる人でしょ?」
上森「行きますよ。アウトドア全般も慣れてます」
× × ×
たどり着いたのは、海が一望できる小さな別荘。
田崎「買ったんですか!?」
上森「もちろん。このために、建てました」
田崎「上森さん、やばい人ですね。ベンツだし」
上森「ここにいる人、やばくない人いないですよ」
小宮「……お金持ち、なんですね」
上森「うん? まー、そうかな」
小宮「勝ち組……」
上森「……」
小宮「なんで……」
上森「……」
小宮「なんでこんなことするんですか、上森さんみたいな、かっこよくて、いけてて、お金持ちの人が」
上森「……ははは」
小宮「!?」
上森「電車の……なんかの広告で見たんだよね。人生100年時代」
小宮「……?」
終始笑顔だった上森の目が、遠くを見つめる。
上森「かんべんしてくれよって思ったよね、そのとき」
小宮「……(少しゾッとして)」
田崎「私もそれ聞いたことある。ただでさえ無理ゲーなのに」
音羽「100年……数えたくもないですよね」
× × ×
それぞれ好きなものを食べている4人。
上森はステーキに赤ワイン。
田崎はアボカドのクリームパスタにビール。
音羽はストロング酎ハイにウインナーと目玉焼き。
小宮はカップラーメン。
音羽「でもあれ、サイト、ほんとよかったですよ、ビジネスになるんじゃないですか」
田崎「目の付け所がね」
音羽「ね」
上森「ずっと思ってたんですよね、自殺サイトって、どこも物騒なんですよ。画面からもう溢れる自殺サイト、感。あれで逃げちゃう人多いと思うんですよね」
田崎「逃げちゃう人多い方がいいんじゃないの?(と笑う)」
上森「……そうか、そーですよねえ!」
爆笑する上森、田崎、音羽。
小宮「……」
音羽「小宮くんは他のサイトとか見た?」
小宮「見ました。ここが一番……普通っぽかったんで」
上森「普通、ではないけどな!」
田崎「ぱっと見、『これがオトナの定番スタイル』みたいなね」
上森「『これがオトナの、自殺定番スタイル』」
上森、田崎、音羽、爆笑。
半笑いの小宮。
上森「準備があるんで、まだ泥酔しないでくださいね」
田崎・音羽「はーい」
× × ×
部屋を養生テープで密閉していく音羽、田崎。
───音羽は、高杉と暮らしていた部屋を思い出していた。
× × ×
音羽「これ、今月分」
そう言って現金が入った封筒を渡す音羽。
高杉「いらないって」
音羽「そんなわけいかないって……」
受け取らない高杉。
音羽はそっと封筒をテーブルに置く。
高杉「まだわからないの? 君はね、彼と別れる気なんて全くないの」
音羽「……なんでそうなるの」
高杉「そうなの」
音羽「してるよ、準備は。私はもうずっとここ住んでるじゃん」
高杉「じゃあ俺のこと人に言える? 恋人ですって、紹介できる?」
音羽「……なんでそんなつまんないことこだわるの」
高杉「君はね、自分がかわいくて、かわいそうで、仕方がないの。かわいそうでいられる原因でいてくれた、彼を失うのが怖いの。困るの。彼が君を殴って、薬を大量に飲んで手首を切るたびに、駆けつけて助けて、君は生きてるって実感してるの。だから君は」
音羽の手が、高杉の口を塞いだ。
高杉の顔をクッションで押さえつける音羽。
音羽「……(はぁ、はぁ)」
クッションをどけると、高杉は微笑っていた。どこか幸せそうに。
高杉「わかろうとしても寄り添おうとしても、君はあなたにはわからないって、彼にされたことを盾にマウント取るじゃないか」
音羽「……」
高杉、音羽を抱き寄せて、髪を撫でる。
高杉「……ごめんね、なーんの辛かったこともない、普通の奴で」
× × ×
音羽「……」
養生をバリっと破る音羽。
× × ×
夜明け前の海を見て、酒を飲んでいる4人。
上森「……いよいよ感ありますなあ」
田崎「みんながいい奴でよかったなー」
音羽「変な人いたらやですもんね」
田崎「……逆じゃない? まともな人いたら困るよ」
音羽「確かに!」
上森「薬飲みました?」
田崎「1錠だけ」
小宮「……みなさんは何で死ぬんですか?」
3人「……」
上森「小宮くーんそういうのは今夜はナシって約束じゃーん」
田崎「いいよ、話そう」
上森「田崎さん」
田崎「いんや、喋りたい、あたしは」
音羽「……ききたーい!」
小宮「田崎さんは……なんで?」
田崎「こないだね、おかあが死んでくれたの」
小宮「……」
田崎「(笑って)殺したんじゃないですよ」
小宮「笑っていうところですか」
田崎「真顔でいうところでもないです」
小宮「……」
田崎「癌で」
上森「あ、おそろい」
田崎「え!?」
上森「癌です、自分」
田崎「まじで!? どこ!?」
上森「全身ですね」
小宮「……」
田崎「うちはね、胸、おっぱい」
小宮「……」
田崎「まあまだ若かったけど、疲れてたんだよね、母も。積極的な治療はもう」
上森「……娘のアナタが、治療を強いるタイプじゃなかったの、羨ましいです」
音羽「上森さんは強いられたんですか?」
上森「……なんで、俺に決めさせてくれないんでしょうね。俺の命なのに」
小宮「…」
田崎「私も何か理由つけて早く死んでくれないかなって思ってたんで」
小宮「……お母さんのこと、嫌いなんですか」
田崎「好きか嫌いかで言ったら好きですよ」
小宮「……?」
田崎「今母が生きてたら、真っ先に連絡がいくのが母です。部屋なんかで死んだら、それを処理するの、母です。人生で二度も、子供の普通じゃない死に付き合わせます?いま60代でしょ。さっき上森さん、人生100年時代って言ってたじゃないでいですか。100年も生きちゃったら、あと40年ですよ。40年……息子が殺されて、娘が自殺したことで自分を責めて生きるんです。ボケてくれれば話は別ですけど」
一同「……」
田崎「あ、すいません、兄、殺されてて、私、小さい頃に」
小宮「……」
田崎「どんなに死にたくなっても、母より前には死ねないって、それだけは、決めてたんで。あぶなっかしくなったら、母の顔思い出して」
音羽が、田崎の背中を撫でようとして、やめる。
音羽「……」
田崎「私、描く絵が異常だったらしくて、心理検査みたいなのされてて、しょっちゅう」
上森「真っ黒、とか?」
田崎「私の描く人の絵には顔がなかったんです」
小宮「……」
田崎「兄が、兄が、顔を、顔面を、こうっ……ナタで殴られているところを見てたんです」
田崎「そんな子どもが青い空? 白い雲? そんなもの描くほうがおかしいと思いませんか? むしろ私のやってたこと健全だと思いませんか?……でも、不思議ですよね、犯人の顔は、描けるんです。犯人、Gジャンにジーパンで、メガネかけてて、笑ってました」
小宮「……」
田崎「そんな絵はちゃんと描くから、母は狂いそうでした」
音羽「……」
田崎「小宮くんは? どしたの?」
小宮「……」
音羽「いいよ、話さなくても」
田崎「小宮くんが聞いてきたんでしょー」
小宮「……僕、けっこう、進学校出て」
田崎「アタマいーんだ」
小宮「一浪して、一応卒業もできたんですけど、就職、決まらなくて、医者には、鬱って言われて」
上森「……」
小宮「……やっと決まったと思ったら、内定取り消しされて」
田崎「あーー……」
上森「……そっか。それで、ここ来たんだ」
小宮「……なんですか」
上森「小宮くん、いくつだっけ」
小宮「24です」
上森「24……」
小宮「やめてくださいよ」
一同「?」
小宮「まだ若いんだから……まだまだ楽しいことはあるとかまだ本当の苦しみを知らないだけだよとか明けない夜はないとか!」
上森「いや……」
音羽「(遮って)そうですよ!」
───音羽の大きな声に3人、驚いて。
音羽「トラウマの大きさでマウント取るのやめませんか」
上森「……」
音羽「こんな経験してないってあなたにはわからないって、わかろうとしてくれる人のことも鬱陶しく突き放して…」
上森・小宮・田崎「……」
音羽「うんざりだ」
田崎「…そんなつもりない。あたしには事実だよ。不幸自慢しに来たんじゃない!」
音羽「……」
田崎「ここでも言っちゃダメなのかよ…」
音羽「……ごめんなさい、ちがうんです、ちがうんです…」
田崎「……」
音羽「私なんです…」
田崎「……」
小宮「……」
上森「……ごめん」
小宮「……すみません、かっとなって…」
上森「癌は、嘘」
小宮「……え?」
上森「………欲しかったんだ、そういうのが。最低だけど」
音羽「……」
上森「田崎さんごめんね」
───田崎、ううん。と。
小宮「……」
上森「よかった…………来てくれたのが……この3人で…………」
上森、泣いているような、笑っているような。
小宮、泣きじゃくり始める。
3人、そんな小宮を見て爆笑しはじめる。
小宮「!?」
田崎「ははははは」
音羽「かわいい」
小宮「(かわいい)!?」
上森、小宮の肩をポンポンと抱いて、
上森「でも、明けない夜はないんだと思うよ」
小宮「……?」
上森「……ないから、終わらせるんだ」
小宮「……」
日の出前の、海と空の奇妙な色を見る4人。
田崎「…あたしさぁ、着替えてきていい?」
× × ×
田崎、大粒のピアスに、一張羅の赤いワンピース。ルブタンのピンヒールを履いて出てくる。
一同「おお〜〜〜〜(と拍手)」
田崎「こんなことでもなきゃ、こんな高い服も靴も買わないからさ」
音羽「……あ」
心地よい波の音。
日の出を見つめる4人。
「………………」
小宮「…………(涙ぐんで)」
音羽「……私、大丈夫です」
小宮「……?」
音羽「こんな美しいものを見て、何も感じません」
小宮「……」
音羽「……よかった」
上森「……俺も、何にも思わん」
田崎「……心、とっくに死んでたね」
小宮「…………」
× × ×
日が昇っていく。
主たちをひっそり隠している、小さな別荘。
───海沿いの道を、上森のベンツが走っていく。
おしまい
#小説
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