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【福岡】ミュシャ展(福岡市美術館)
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西鉄電車で天神まで出て、徒歩で国体道路からけやき通りを抜け、大濠公園内にある福岡市美術館へ
この新緑の季節の午前中に、けやき通りを歩くのは昔から本当に気持ちがいい
けやきの木々の間から、やさしく漏れるように差し込む、朝の光の新鮮さがよくわかるからだ
そして会場で一時間半程、特別展示の【ミュシャ展】をたっぷりと鑑賞
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それは今回、この展示会への特別招待券を、ある旧知の知人がわざわざ郵送でわたしの実家まで送って下さったからだ
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20代の初め、SNSの走りでもあるmixiで、〈ミュシャ党〉というグループに属していたことがある
それは今回の展示会ー20世紀初頭に活躍したチェコの画家、アルフォンシュ・ミュシャを愛でる会で、当時、半ば偶然にも、深い考えもなく加入した会だったが、そこから今にまで続く長い物語が始まる
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その小さな〈ミュシャ党〉は、総勢で正確に5名で構成されたとてもミニマムな会で、主催者の銀髪の老婦人は北九州の小倉在住だった
ときおり、その方の呼びかけでいわゆる〈オフ会〉が、その老婦人の広大な〈屋敷〉で開かれ、何度か招いて頂き美味しい家庭料理をお腹がはち切れるまで詰め込んだり、あるときは小倉のフレンチレストランで飲めないワインに酔っぱらってしまって終電を逃し、ひとりで嘔吐し、みなに苦笑され、結局その主催者の家に泊めて頂いた苦い日々もあった
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その会の特徴は、わたしともうひとり以外の3名は、20年以上前の当時として60代過ぎの初老の方々で、残念ながら今ではみなさん物故されている
今、振り返ると、この〈ミュシャ党〉で出会うことができた方々には
〈老いることも決して悪いことではない〉と思わせる何かが存在していたように思える
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そして〈もうひとり〉の方は、わたしよりふたつ年上の女性の、やはり小倉在住で、国内で活躍されるプロのピアニストで、ピアノの家庭教師の〈先生〉でもあり、その物故された銀髪の主催者の、いわゆる〈お弟子さん〉でもあった
その〈先生〉はかなり律儀な方で、〈ミュシャ党〉のメンバーの誰かが鬼籍に入られると、必ず連絡をわたしに下さった
ひとり、またひとりとこの世界から去っていかれるたびに、〈先生〉はメールでおおまかな概要を伝えてくださり、そのときすでに海外にいたわたしは葬儀にも参列できず、ただメールの返信でその〈先生〉と思い出を語って追悼するより他がなかった・・・
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つい先日、帰国して実家に帰り、母がわたしの不在中に送られてくる郵便物を保管してくれている箱を開け、不要で無駄なものを次々と破棄していると、つい先日送られてきたばかりの〈先生〉からの郵便物を見つけた
良い意味で古風な〈先生〉特有の、厚手の高級な白紙に、赤い蝋で封印された封筒を開けると、相変わらずため息が漏れるほどの美しい筆字が、墨と共に鮮やかに踊っていた
それはまるで、冷たい水で書かれたような素晴らしく流麗な文字なのだ
今回の展示会の招待券と共に、文末にはこう記されていた
ー”残念ながら、わたしは双子の子と猫の世話で身動きが取れず(4匹!!) 、期間中に小倉から福岡市美術館まで足を運ぶことが叶いません。ご帰国中はかなりご多忙だとは存じますが、沢松さんには是非〈ミュシャ展〉をー”
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〈ミュシャ展〉を観終わった足で、そのまま館内の売店でミュシャのポストカードと先生へ送る画集を買い求め、アイス珈琲を注文し、まず〈先生〉の住所を記し、限定された空いたスペースに〈先生〉宛てに展示会の感想を、近況とともに迷わず一気呵成に書き記す
そして、ため息・・・
もちろん、〈先生〉のようなため息が漏れるような美しい文字は書けないとは失望しながら