わたしと詩 文学フリマ東京
ここ最近は、詩というか散文というか、そういうものを書けなくなっていた。
代わりに寝る前、日記をぽつぽつ書いたりして、でもそれはほんの数行で、まあそれでいいかと思ったりして、ぼうっとしていた。
昨日、ある冊子が届いた。
縁あってお声がけいただき、文学フリマに出店される冊子に、詩を載せてもらえることになった。
その完成した冊子が、自宅に届いた。
A4サイズの、適度な重みのある、深いブルーの冊子。
わたしはとてもうれしかった。
なにより今、わたしはいろいろなことでとても弱っていて、心も身体も、しわしわのヨレヨレ、みたいな感じで、そんな状態なもんだから、その本のエネルギーや想いが、すうっと心に沁みていくような気がした。
当時わたしはとても苦しくて、いや、今でも苦しいけれど、その苦しさを消そうとするのではなく、それを持ちつつもなんとか生き抜こうとして、この言葉たちは生み出されたのだ。
なにかを伝えたかったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれない。
ただただ、産毛が風に触れて毛先がなびくように、世界の空気から感じること、過去の傷から噴出される感情を、ことばというかたちで抱きしめたかったのかもしれない。
一方でいまはなんだか、ことばを飲み込んでしまうことが多い。
激しい感情に襲われても、それをことばにしたら、なにかよくないことが起きてしまいそうで、ごくりと飲み込み、ちょっと頭が痛くなる。
わたしはまた、ことばを繋ぐことができるのだろうか。
少なくともこの深いネイビーブルーの冊子は、「だいじょうぶだよ」とわたしに微笑みかけ、側に佇んでくれている。
まるであのとき生み出したことばが、いまのわたしを抱きしめてくれているかのように。