ぶこつでやさしいスープカレー屋さん KIBA 第14話「日曜日の朝」約1600字/全17話/創作大賞2024恋愛小説部門
土曜日はほとんど家で過ごした。少し遅めに起きてから、朝食も食べずにベッドでごろごろしていた。しばらくしてから、床に落ちていた少女マンガを棚にしまい、代わりのマンガを一巻から最新巻までごっそり取り出してきた。背表紙に黒い文字でタイトルが書かれた少年マンガ。私や八雲ちゃんが大好きなマンガだ。ベッドサイドの棚にそれを置くと、再び私はベッドに寝そべり、一巻から読み返し始めた。
昼過ぎになって一度だけ近くのコンビニへ行った。戻ってきてからは、食事を取りながらアニメを見た。八雲ちゃんに教えてもらったものだ。インターネットで全話配信されていたため私はそれをひたすら見ていた。
夜になったらインスタントラーメンを食べ、それからまた、マンガを読んだりアニメを見て過ごした。
八雲ちゃんの言った通り、何かに没頭している間は大和さんのことを忘れられた。そして時間が経つにつれて、気持ちが少しずつ落ち着いていくような感じがした。まるで散らかっていた心の中の浜辺に波が静かに寄せては返し、いつの間にかきれいになっていくようだった。
深夜に眠りにつき、明け方に一度目を覚ましたが時間を確認してまた眠った。次に起きたのは昼前だった。
閉めたままのカーテンの隙間から日差しが一筋入り込み、宙に浮いたほこりがきらきら光っていた。
お腹が空いていた。最後にご飯を食べたのはいつだったっけ。
私はカレーが食べたいと思った。できれば、具材がごろごろ入ったカレーがいい。
ぼーっとしていると、枕元でスマートフォンが震えた。裸眼のまま画面に目を凝らすと、母から電話が掛かってきていることがわかった。
私はベッドの上に座り、通話ボタンを押した。
「……あ、もしもし。うん、ふふ、今起きたとこ」
母の声が久し振りに感じた。一人暮らしをしたら小まめに電話しようと思っていたけれど、今思い返してみると、母の日から一切連絡をしていなかった。
「え、もう届いたの?」
どうやら花束も手紙もすでに届いたらしい。とても喜んでくれているようだ。電話の向こうの母の笑顔を私は想像した。
少しの間が空いた後、母は「手紙読んだよ」と言った。
「あんたは人よりできないことが多いんでなくて、環境の変化に慣れるのに人よりちょっと時間が掛かるだけだからね。昔からそう。これからきっと、うまくいくからね」
私は手元にあったタオルケットを手繰り寄せ、ぎゅっと握り締めた。
「嫌になったらいつでも帰ってきていいから、まずはやりたいようにやってみなさい」
それから母は「あ、ちょっと待ってて」と言った。
がさごそと音がした。そして、「菜々恵」と父の声が私の名を呼んだ。「あー、花、届いたぞ」と父は言った。「ありがとう」とは言わないところが父らしい。「あー、その、何だ」といった意味のない言葉が続いた後、たっぷり三秒間くらい沈黙があった。
そして父は私に言葉をくれた。それはたった数文字の言葉だった。
「……うん、ありがと。お父さん」
電話の相手はまた母に替わった。「それじゃあまたね。夏休みには帰るね」と伝え、私は電話を切った。
私はしばらくスマートフォンを握ったまま、宙を見つめていた。
時計の針が十一時を指した。
昨日は一日好きなことをやって元気を蓄えた。心はおおよそ整理整頓された。
大和さんの顔が浮かぶ。きらきらした顔で語っている。優しく微笑み、そして拳を握り、「頑張って下さい」と私に言う。
それから八雲ちゃんの言葉を思い出す。「好きなものには正直でいたいよね」と言って彼女は大きく伸びをする。
次に、先程の母の言葉を思い出す。
そして、父の言葉。
私は棚の上の眼鏡を摘み上げ、ベッドから立ち上がった。それから支度を済ませ、部屋を出た。
今日は何があってもすべてを聞こう。そしてすべてを話そう。
そう思ってKIBAを訪ねた。しかし、もう開店時間をとうに過ぎているというのに、ドアに掛けられたプレートには「CLOSED」と書かれていた。