お弁当を用意する、という楽しみ
お弁当を持っていく朝は、心がほかほかしている気がする。ひとりでニヤニヤずんずん歩く姿は浮かれて見えるに違いない。でも、本当に楽しいのは、弁当を詰めている前日の夜だ。夜に弁当を詰めるということは、それだけ時間的にも精神的にも余裕があるということで、詰め終わった時には翌日の自分へのエールとばかりに、冷蔵庫に仕舞う儀式に他ならない。
あぁ、今日もそこそこに、明日へバトンを渡せそうだ。ぼちぼちいこか。
なーんて自分を励まして眠りにつくことが出来る。
ただ、そんなに毎日余裕があるわけではない。だから、マイルールを決めた。
「余裕がないな、と少しでも思ったら、弁当を詰めるのを潔く諦めること」というルールだ。
これを守ると、週2回はコンビニでご飯を買うような生活になる。それでも、弁当の特別さを守る為には、一連の儀式が苦痛になってはいけない、と私は思っている。
今日もぼちぼちだったけど、明日をごきげんに過ごせるように、冷蔵庫にそっと仕舞う。