レポート:フラットな組織で個人の力を最大限に引き出す-ティール&ホラクラシーの現場から-【SOCIAL CAREER WEEK 2024】
今回はDRIVE キャリア(NPO法人ETIC.)が主催した『フラットな組織で個人の力を最大限に引き出す―ティール&ホラクラシーの現場から―』という企画のレポートです。
今回の企画は、社会課題解決の仕事、社会を変える仕事に特化した転職支援サービス「DRIVEキャリア」が8日間にわたって開催し、「社会を変える」仕事に出会い、ソーシャルキャリアについて考えるオンラインイベント『SOCIAL CAREER WEEK 2024』の一環として開催されました。
今回の企画の中では、一般財団法人リープ共創基金(REEP)代表理事の加藤徹生さん、認定NPO法人ACE代表理事の岩附由香さん、株式会社ネットプロテクションズ人事兼総務&WSDグループ/カタリストの赤木俊介さんの3名が登壇し、自組織での実践をご紹介いただきました。
今回のレポートは、あくまで1人の実践者から見た気づきや感想などをまとめたものですが、新しい働き方・組織の作り方に関する実践に挑戦しようという方の一助になれば幸いです。
今回の企画について前提
今回の企画の中では、『ティール組織』『ホラクラシー』をはじめとする用語や主催者であるETIC.の実践なども前提に企画されています。
そのため、上記の2つの用語とETIC.のティール組織的組織づくりの実践について以下、簡単に紹介した後に、各団体・企業の紹介を行います。
ティール組織(Reinventing Organizations)
『ティール組織』は原題を『Reinventing Organizatins(組織の再発明)』と言い、2014年にフレデリック・ラルー氏(Frederic Laloux)によって紹介された組織運営、経営に関する新たなコンセプトです。
書籍内においては、人類がこれまで辿ってきた進化の道筋とその過程で生まれてきた組織形態の説明と、現在、世界で現れつつある新しい組織形態『ティール組織』のエッセンスが3つのブレイクスルーとして紹介されています。
フレデリック・ラルー氏は世界中のユニークな企業の取り組みに関する調査を行うことよって、それらの組織に共通する先進的な企業のあり方・特徴を発見しました。それが、以下の3つです。
この3つをラルー氏は、現在、世界に現れつつある新たな組織運営のあり方に至るブレイクスルーであり、『ティール組織』と見ることができる組織の特徴として紹介しました。
国内におけるティール組織に関する調査・探求は、2016年に開催された『NEXT-STAGE WORLD: AN INTERNATIONAL GATHERING OF ORGANIZATION RE-INVENTORS』に遡ります。
ギリシャのロードス島で開催されたこの国際カンファレンスに日本人としていち早く参加していた嘉村賢州さん、吉原史郎さんの両名は、東京、京都で報告会を開催し、組織運営に関する新たな世界観である『Teal組織』について紹介しました。
その後、2018年に出版されたフレデリック・ラルー『ティール組織』は10万部を超えるベストセラーとなり、日本の人事部「HRアワード2018」では経営者賞を受賞しました。
2019年には著者来日イベントも開催された他、『ティール組織』の国内への浸透はその後、ビジネス・経営における『パーパス』『パーパス経営』などのムーブメントの隆盛にも繋がりました。
フレデリック・ラルー氏は、書籍以外ではYouTubeの動画シリーズを公開しており、書籍で伝わりづらかった記述や現場での実践について紹介しています。
また、昨年12月には『ティール組織』著者フレデリック・ラルー氏も賛同し、国内の実践者の有志によって制作された、国内外の実践事例・翻訳記事などを紹介する情報ポータルサイトもオープンしています。
ホラクラシー(Holacracy)
ホラクラシー(Holacracy) とは、既存の権力・役職型の組織ヒエラルキー(Hierarchy:階層構造)から権力を分散し、組織の目的(Purpose)のために組織の一人ひとりが自律的に仕事を行うことを可能にする組織運営法です。
2007年、Holacracy One(ホラクラシー・ワン)社のブライアン・J・ロバートソン(Brian J Robertson)とトム・トミソン(Tom Thomison)によって開発されたホラクラシーは、フレデリック・ラルー『ティール組織』にて事例に取り上げられたことで国内においても実践事例が増えつつあります。
ホラクラシーを導入した組織では、組織の全員がホラクラシー憲章(Holacracy Constitution)にサインして批准することで、現実に行なわれている仕事を役割(Role)と、役割として優先的に使用するドメイン(Domain)、継続的に行なわれている活動(Accountability)として整理し、 仕事上の課題と人の課題を分けて考えることを可能にします。
ホラクラシーにおける組織構造は『Glass Frog』という独自開発された可視化ウェブツールを用いて、以下の記事にもあるような入れ子状になった円によって表されています。(可視化ツールは他にもHolaspiritというサービスも国内外問わず、多く活用されています)
ホラクラシーを実践する組織において仕事上、何らかの不具合が生じた場合・より良くなるための気づきや閃きがあった場合は、それをテンション(tension)として扱います。テンション(tension)は、日々の仕事の中で各ロールが感じる「現状と望ましい状態とのギャップ、歪み」です。
このテンションを、ホラクラシーにおいてはガバナンス・ミーティング(Governance Meeting)、タクティカル・ミーティング(Tactical Meeting)という、主に2種類のミーティング・プロセスを通じて、および日々の不断の活動の中で随時、不具合を解消していきます。
さらに詳しくは、日本人初のホラクラシー認定コーチであり新訳版書籍の監訳者である吉原史郎さんの記事や、新訳版出版に際してホラクラシーのエッセンスについて語られた動画、全文公開されている新訳版書籍のまえがきもご覧ください。
ETIC.×ティール組織
今回の企画を主催しているNPO法人ETIC.もまた、『ティール組織』の知見をもとに組織体制、経営体制の変更に取り組んできた団体の1つです。
1993年の設立・活動開始以来、ETIC.は実践型インターンシップや起業支援プログラムを通して、起業家やチャレンジをする人を応援し、そのような生き方の選択肢を社会に伝え続けてきました。その活動理念は、ETIC.(Entreprenurial Training for Innovative Communities.)という名称にも込められています。
ETIC.設立以来、代表として活動に取り組まれてきた宮城治男さんは、ITの技術革新など社会の変化によってDoing(やること)の自由が拡大し、「一人ひとりがアントレプレナーシップを持ちうる時代」が到来しつつあるという中で、Being(あり方)が古いままになっているのではないか、と懸念を感じられていました。
そして、組織変革に取り組み始めてから1年ほど経ってフレデリック・ラルー『ティール組織』が2018年に出版、2019年にフレデリック・ラルー氏の来日など、宮城さんの中にも気づき・変化が現れていったと言います。
その後、組織変革の旅路の末、1993年以来、28年にわたって代表として活動に取り組まれてきた宮城さんは2021年5月に退任されることとなり、これに伴いETIC.は大きな経営体制・組織体制の変更にさらに乗り出していくこととなりました。
以上のようなプロセスは、以下の記事の中でより詳しく紹介されています。
また、具体的な組織体制・経営体制の変更については、DRIVEおよびETIC.ホームページのコラムの中で連続企画として掲載されています。
2023年、ETIC.は設立30周年を迎えたことを機にタグラインを変更し、新たなパーパスを公開されました。
そして、昨年末に実施された「ETIC.30周年ギャザリング」全体セッションレポート中で、これまでの旅路とこれからについてもまとめられています。
DRIVE キャリア(byNPO法人ETIC.)がなぜ、今回のような企画を行うことになったのか?
その背景には、上記のようなETIC.自体の組織変革の旅路も大いに関わっていたように感じられます。
以下、『フラットな組織で個人の力を最大限に引き出す―ティール&ホラクラシーの現場から―』で登壇された3つの企業・団体の皆さんからいただいたお話を簡潔にまとめて紹介したいと思います。
一般財団法人リープ共創基金
リープ共創基金とは?
はじめにお話しいただいたのは、ホラクラシーを組織運営に取り入れているという一般財団法人リープ共創基金(REEP)代表理事の加藤徹生さんでした。
REEPは2015年に設立された財団法人であり、「ギビングファンド」を中核事業としています。
ギビングファンドについて端的に紹介すると、資金提供者から預かった資産を運用し、得られた運用益を社会課題解決に取り組むNPOなどに提供する、というものです。
財団が立ち上がったきっかけは、加藤さんがご友人から受けたという「3,000万円の遺産を寄付したいのだけれど、どうしたらよいか」という相談だったと言います。
財団設立以前、加藤さんは2011年から社団法人を運営し、東日本大震災の被災地で社会起業家の事業の支援に取り組んでいたものの、集まった寄付や資金の流れが行き詰まる現場を見てきたこと、また、遺産に関する相談を受けた当時は「資金提供と資産運用をセット」でやるという資金提供者向けのサービスがなかったことなども、財団設立に繋がったとのことでした。
以下のリンク先でも、その経緯が詳しくまとめられています。
ホラクラシーの実践と苦しさ
ホラクラシーを実践するにあたり、まず「組織の全体感が見えるようになったこと」を利点として加藤さんが挙げられていました。
加藤さん自身、これまで経営のプロとしてのキャリアを積み重ねてきたため、組織やプロジェクトのメンバーに指示を出して成果を出すことが得意だと語られていました。
しかし、事業や組織の規模を拡大に伴い、個人でできることの限界も感じていたとのこと。
以前までは加藤さんの頭の中にあった「組織の全体感」は、ホラクラシーの実践の1つである見える化によって一人ひとりが確認できるようになった、と語られていました。
また、複数に増えたロールをバリューチェーンによって整理することでロール間の繋がりの見える化にも取り組まれているとのことです。
ティール組織はめざすものか?
上記のようなホラクラシーの実践の中で、『では、REEPは「ティール組織」をめざすのか?』と悩んでいた際に、『ティール組織』出版を手掛けた編集者・下田理さんとお会いすることがあったと、加藤さんはお話しを続けられました。
下田さんは『「ティール組織」になることが着地点ではない』また、『実践していく中で経営者・ファウンダー自身の価値観・考え方の変容も必要になる』と伝えてくれた、とのことでした。
組織運営上の実際については、DRIVEの以下の記事でも語られていますのでぜひこちらもご覧ください。
認定NPO法人ACE
認定NPO法人ACEとは?
次にお話しいただいたいのは、認定NPO法人ACE代表理事の岩附由香さんでした。
ACE(エース)は児童労働の撤廃と予防に取り組む国際協力NGOであり、「Action against Child Exploitation(子どもの搾取に反対する行動)」の頭文字を取って名付けられた団体です。
2014年にノーベル平和賞を受賞されたカイラシュ・サティヤルティ氏(Kailash Satyarthi)が呼びかけ、世界103カ国で行われた「児童労働に反対するグローバルマーチ」を日本でも実施するため、1997年にACEは設立されました。
ACEはこれまで、インドとガーナの30村で2,645人の子どもを児童労働から解放し、約13,600人の教育環境改善に貢献してきました。(2023年8月現在)
土台としての学習する組織、NVC
岩附さんのお話の中で印象的だった点は、ACEでは現在、ホラクラシーを実践してはいるものの、その土台には『学習する組織(Learning Organizations)』、『NVC(Non-Violent Communication:共感的コミュニケーション)』の研修がある、というお話でした。
『学習する組織(Learning Organization)』とは、1990年にマサチューセッツ工科大学のピーター・M・センゲ(Peter M, Senge)が発表した『The Fifth Discipline 』によって広く知られるようになった経営、マネジメントにおけるコンセプトであり、以下のような5つの中核的要素(ディシプリン)があります。
ビジネスの領域を中心に広がった『学習する組織』ですが、「文部科学省『生徒指導提要』2022年12月(第1.0.1版)」の第3章「チーム学校による生徒指導体制」の中で言及されるなど、国内の教育という領域においても注目されつつあります。
また、『NVC(Non-Violent Communication:共感的コミュニケーション)』とはマーシャル・B・ローゼンバーグ氏(Marshall B. Rosenberg)によって提唱されたコミュニケーションの哲学・方法論であり、ローゼンバーグ氏は以下のように説明しています。
なぜ、『学習する組織』や『NVC』が必要になったのか?
これらの実践は、ACEの活動や理念とどう関わってくるのか?
このようなことを考えた際、「このままじゃいけない」という危機感から導入されたという経緯が以下の記事の中でも詳しく紹介されています。
そして、ホラクラシーの実践
岩附さんは上記のような実践によって耕された土の上にホラクラシーが乗った、と表現されており、そのことはとても印象的に感じられました。
また、ホラクラシーに本格的に取り組み始めて以降のことについては、「ボスはパーパスである」ということ、ホラクラシー憲章という組織運営上のルールの下で、代表もその他の職員も平等である、という点についてお話をいただきました。
「ボスはパーパスである」という考え方に基づいた時、パーパスの下にあるそれぞれのロールの捉え方や、パーパスの更新についてプロセス、意識もトーンが変わったとのことです。
また、ホラクラシーの中ではミーティングの進め方、質問の手順、意思決定についても整理されており、肩書きや経験上ランクが伴ってしまう場合も単純に「意図や背景を明確化するための質問です」として相手に問いかけることができたり、議題を被せずに1つひとつを丁寧に扱うことができるようになったり、といった利点も紹介いただきました。
株式会社ネットプロテクションズ
ネットプロテクションズとは?
最後、お話しいただいたのは株式会社ネットプロテクションズ人事兼総務&WSDグループ/カタリストの赤木俊介さんでした。
2000年に設立されたネットプロテクションズは、後払い決済(Buy Now Pay Later/BNPL)業界における国内市場のリーディングカンパニーであり、2021年には東証一部(現:東証プライム)上場を果たしています。
ネットプロテクションズのサービスの独自性として、決済のインターフェイスのみならず、サービスの要といっても過言ではない与信審査をはじめとする仕組み自体をゼロから自社で構築している点があり、顧客のニーズに対応してカスタマイズできることに強みがあります。
組織づくりに関しては、組織の変遷を創業期(2001年〜2007年)、拡張期(2008年〜2012年)、変革期(2013年〜2016年)、飛躍期(2017年〜2021年)とし、各期ごとの組織のあり方・工夫を整理されていますが、ネットプロテクションズの組織変革事例は以下のようなメディア・書籍でも紹介されています。
人事評価制度「Natura(ナチュラ)」
一般財団法人リープ共創基金、認定NPO法人ACEと異なり、ネットプロテクションズはホラクラシーのような枠組みを活用することなく、試行錯誤の中で組織変革に取り組み、結果としてティール組織的な組織形態へと辿り着きました。
その中で、2018年に「Natura」という新しい人事制度をスタートさせています。
これにより従来のマネージャー職は廃止され、それまでマネージャーが持っていた権限は分散されることとなりました。
また、従来のマネージャーであった役割は「カタリスト(触媒)」と名称へと変更され、一人ひとりが自律的な判断を下し、仕事を進めていくことを後押しするような立ち位置へとなりました。
組織づくりの工夫・意図については、ネットプロテクションズ代表取締役の柴田紳さんが以下の記事の中でも述べられています。
新しいMission、5つのValue、7つのVision
試行錯誤を積み重ねながら社内制度を構築してきたネットプロテクションズですが、変革期を経て、7つのビジョンと5つのバリューからなる「つぎのアタリマエをつくる」という新しいミッションができあがってきました。
自分で判断し、意思決定していくことが望まれる職場環境でありますが、ネットプロテクションズにおいては以下のような価値観およびビジョンが意思決定の拠り所・行動規範として機能するとのことです。
DRIVEキャリアにおいてもネットプロテクションズの記事が掲載されておりますので、そちらもあわせてご覧ください。