【書評掲載】枝廣淳子『答えを急がない勇気―ネガティブ・ケイパビリティのススメ』:人と組織の力を高める人材開発情報誌『企業と人材』第1141号
今年度4月より、産労総合研究所が発行している専門誌『企業と人材』の書評コーナーの連載を担当することとなりました。
『人と組織の力を高める人材開発情報誌』である本誌にて、『人を活かす組織づくりのヒント』と題して毎月、関連する書籍を紹介しております。
『人を活かす組織づくりのヒント』を提供する書籍として今回、取り上げたのは枝廣淳子著『答えを急がない勇気―ネガティブ・ケイパビリティのススメ』(イースト・プレス)です。
昨年にはNHKクローズアップ現代でも特集が組まれ、すぐに答えの出る問題に対し迅速かつ効率的に解決する能力(ポジティブ・ケイパビリティ)と対比して紹介されるネガティブ・ケイパビリティ。
このネガティブ・ケイパビリティについて多面的な角度からアプローチし、紹介している本書を連載第8回目に紹介いたしました。
『企業と人材』は毎月5日に発行予定ですので、書評コーナー以外もぜひ手に取ってご覧ください。
以下、今回取り上げた『答えを急がない勇気』の書評記事を読み進める上での補足情報として、ネガティブ・ケイパビリティ(Negative Capability)とはどういった概念であるかを簡単に紹介できればと思います。
ネガティブ・ケイパビリティとは?
ネガティブ・ケイパビリティ(Negative Capability)とは、英国の詩人ジョン・キーツ(John Keats)が生涯に一度だけ使ったとされる、「事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力」を意味する言葉です。
この言葉は、同じく英国の精神科医のウィルフレッド・R・ビオン(Wilfred Ruprecht Bion)に再発見され、現在では「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」、「負の力」といった表現で、文学、精神医学の領域を超えて、ビジネスの分野でも注目されるようになりました。
国内においては2023年、NHKクローズアップ現代でも取り上げられた他、ネガティブ・ケイパビリティの関連書籍も現在では多数出版されつつあります。
ネガティブ・ケイパビリティ(Negative Capability)という語を生んだキーツはこの概念を説明するときに、シェイクスピアはネガティブ・ケイパビリティを備えていた、と兄弟に当てた手紙に書いています。
さらにキーツは、詩人そのものについて以下のように述べていました。
これはつまり、シェイクスピアはそのようにアイデンティティを持たない曖昧な状況下においてもネガティブ・ケイパビリティを発揮して留まり続けたからこそ、後世に遺る創造的な作品を生み出すことができたのだ、とキーツは述べたかったのかもしれません。
そして、ビオンはこのネガティブ・ケイパビリティを治療者と患者の関係性の中で保持し続けることで、人と人との素朴な、生身の交流が生まれると説いたのでした。
では、この概念をさらに日々の私たちの状況に当てはめて考えたとき、どのような可能性が生まれるのでしょうか?
世界50カ国以上で企業の役員、政治家、軍人、ゲリラ、市民リーダー、コミュニティ活動家、国連職員など多岐に渡る人々と共に、解決困難な課題に対するプロセスのデザインやファシリテーションに携わってきたアダム・カヘン氏は、著書『敵とのコラボレーション―賛同できない人、好きではない人、信頼できない人と協働する方法』においてネガティブ・ケイパビリティについて言及しています。
私たちは時に、複雑な条件や要素が絡み合い、環境の変化が大きく、先の予測が困難な状況下でプロジェクトや事業の推進が迫られることがあります。
アダム・カヘン氏はこのような、日々刻々と状況が移り変わりゆく中で最善の一歩を見極める際に、以下のような表現でネガティブ・ケイパビリティの重要性について説明しています。
『答えを急がない勇気』においては第3章で言及されているホールド(hold)とサスペンド(suspend)に当たる記述ですが、このようにネガティブ・ケイパビリティは個人のあり方・行動レベルにとどまらず、プロジェクトや組織、複数のステークホルダーによるコラボレーションの現場においても取り入れられる実践知であると言えます。
私たちが日々の現場で直面する課題に対して、ネガティブ・ケイパビリティはどのように奏功しうるのか?
このような問いをもとに探求を進めてみても良いかもしれません。
人材開発情報誌『企業と人材』とは?
『企業と人材』は、株式会社産労総合研究所が発行している『人と組織の力を高める人材開発情報誌』です。
発行元である産労総合研究所は、1938年(昭和13年)に創設された労働問題の民間調査機関『産業労働調査所』を前身とする出版社・民間シンクタンクです。
『企業と人材』は1968年(昭和43年)に『社内報新聞』として創刊され、その後『社員教育』、『企業と人材』へと改題を重ねながら、2013年2月に第1000号が発行されました。
産労総合研究所は『企業と人材』の他、『賃金事情』『労働判例』『労務事情』『人事の地図』といった人事労務分野だけではなく、『病院経営羅針盤』『医事業務』など医療介護経営分野における出版を中心に、同分野での調査研究・提言を行っています。
各誌の定期購読・試読・web見本誌の申し込み、見積書ダウンロード、バックナンバーの確認等は、各誌のリンク先のページをご覧ください。
さらなる探求のための参考リンク
11月末開講。対話と「答えを急がず立ち止まる力」を探究・実践へと繋げる - 「対話とネガティブ・ケイパビリティ探究ラボ 第2期」募集開始!
迷って悩んでいいんです 注目される“モヤモヤする力”|NHK
答えを急がない勇気を伝えたい!翻訳家・環境ジャーナリスト枝廣淳子が語るネガティブ・ケイパビリティ|flier 公式チャンネル
産労総合研究所【公式】|YouTube
人事メディア情報(企業と人材)|『日本の人事部』
書評掲載バックナンバー
エイミー・C・エドモンドソン『恐れのない組織』:人と組織の力を高める人材開発情報誌『企業と人材』第1134号
鈴木規夫『インテグラル・シンキング―統合的思考のためのフレームワーク』:人と組織の力を高める人材開発情報誌『企業と人材』第1135号
ブライアン・J・ロバートソン『[新訳]ホラクラシー―人と組織の創造性がめぐりだすチームデザイン』:人と組織の力を高める人材開発情報誌『企業と人材』第1136号
ウィリアム・ブリッジズ『トランジション マネジメント─組織の転機を活かすために』:人と組織の力を高める人材開発情報誌『企業と人材』第1138号
中田豊一『対話型ファシリテーションの手ほどき』:人と組織の力を高める人材開発情報誌『企業と人材』第1138号
池田めぐみ、安斎勇樹『チームレジリエンス―困難と不確実性に強いチームのつくり方』:人と組織の力を高める人材開発情報誌『企業と人材』第1139号
宇田川元一『企業変革のジレンマ ―「構造的無能化」はなぜ起きるのか』:人と組織の力を高める人材開発情報誌『企業と人材』第1140号