【読書記録】これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー ベストセレクション10
今回の読書記録は、SSIR Japan編『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。―スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー ベストセレクション10』です。
今回の読書記録では、本書に収録されている論文『ソーシャルイノベーションの再発見: 誰が未来をつくるのか(Rediscovering Social Innovation)』を中心に読み解き、そもそもSSIRの言う『ソーシャルイノベーション(Social Innovation)』とはどういったものか?についてまとめていこうと思います。
本書を手に取ったきっかけ
私自身がいわゆるソーシャルイノベーションや社会的企業、社会起業家というものに触れたのは、2013年頃でした。
当時は東日本大震災の発生からまだ間も無く、日本社会全体にこれまで通りの働き方・生き方をしていていいのか?といった疑問・懸念が人々の中に湧き起こっており、身近な友人や仲間たちの間でも地方への移住や転職といった形で新たなライフスタイルが模索されていました。
それと共に、社会に対する新たな関わり方としてソーシャルビジネス、社会起業家といった存在や、異なる関係者間の利害関係の調整、異なるセクターを超えて共通するビジョンを描くためのマルチステークホルダーダイアログ、ホールシステムアプローチといったものを震災復興やまちづくりでの活用にも注目が集まっていたように思います。
当時の私は関西圏の仲間たちと共に、青少年のメンタルヘルス、学生社会起業家育成のためのアイデア発想・交流プログラムにファシリテーターや運営として携わるという形で、個人や個別のセクターを超えた協働、社会に発信していく取り組みに触れていました。
「ソーシャル」と聞いて印象深く記憶されているのは、greenz.jp編集長(当時)の兼松佳宏さんが2014年に企画された『空海とソーシャルデザイン』です。
「ソーシャルデザイン」もまた当時はよく聞かれたキーワードでもありましたが、何より自分に大きな衝撃だったのは真言宗開祖として知られる空海が当時取り組んだ数々の公共事業でした。
空海は仏教の教えを説くという一般的な僧としての取り組みだけではなく、現代でいうクラウドファンディングや、満濃池の改修事業を当時最先端の土木・治水の工法を用いて指揮するなど、今日的な社会的事業にも取り組んでいたというのです。
この『空海とソーシャルデザイン』は後に兼松さんの長期にわたる研究テーマとなり、春秋社での連載企画になるなどしますが、「ソーシャル」や「社会的〇〇」というものがこういった形でもありうるのか、というのは当時の私に大きな衝撃を与えました。
それ以来10年ほど、付かず離れずのような関係でいわゆる社会的な取り組み・公共へのアプローチの実践を継続してきました。
修復的司法のアプローチ(a restorative justice approach)に関連しては、カナダ人判事とファースト・ネイション(先住民族)の男性のの出会いによって生まれ、円になって座り、コミュニティの癒しやより広い関係性とのつながりへと変容を促すピースメイキングサークル(Peacemaking Circle)と出会ったのもその1つです。
そのような中、『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』を本格的に読み解こうとなったのは発行元のスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版(SSIR-J)の事業終了のアナウンスがきっかけです。
現在の私の活動の方針は、『人や組織のポテンシャルをより良く発揮していける叡智を次世代へ受け継ぎ、文化として育んでいく』というものです。
そのためにこれまでも、書いてまとめる・まとめたものを共有するというアプローチで組織論やファシリテーションの手法・哲学の紹介などを行ってきましたが、SSIR-Jの事業終了は私の中の何かを奮い立たせました。
そこでまずは、SSIR-Jが初めて発行した『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』、その後『コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』をまとめ、これらのテーマに関心を持つ友人や仲間たちと探求する場を設けていければ、と考えています。
これまで10年余り、いわゆる種々の「ソーシャル」な取り組みについて明確な定義をしないままに来ましたが、今回の読書記録をきっかけにそれらの用語の整理と、日本における「ソーシャル」の概念の広がりの経緯についても探求していきたいと思います。
本書の構成
本書『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。―スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー ベストセレクション10』は、スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR)のグローバル・ファミリーであるスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版(SSIR-J)によって発行されたものです。
本書には今回扱う予定の論文のほか、以下のような興味深い論文が10本掲載されており、これらの論文はSSIR-Jでも閲覧が可能となっています。
スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR)
スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR)とは、2003年にスタンフォード大学で創刊され、アメリカのNGO研究に端を発したソーシャルイノベーション専門メディアです。
社会課題をより効果的に解決する目標に向かい、公共・企業・非営利セクターの「境界をなくすこと」「対話の橋渡しとなること」をめざして創刊されました。
なお、2003年の創刊号のエディターズ・ノートでは、ソーシャルイノベーションについて以下のような定義がなされています。
その後、2008年にスタンフォード大学のジェームズ・A・フィルズ・ジュニア(James A. Phills Jr.)、クリス・ダイグルマイヤー(Kriss Deiglmeier)、デイル・T・ミラー(Dale T. Miller)によって発表された論文の中で以下のような表現に改められました。
スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版(SSIR-J)
スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版(SSIR-J)はスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR)のグローバル・ファミリーとして2021年に創刊された、ローカル言語版です。
2021年8月に出版された『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』を皮切りに、2023年11月現在まで延べ6巻がSSIR-Jによって発行されています。(最新号は以下、『コミュニティの声を聞く。』)
『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』にて掲載された、共同発起人・井上英之さんのSSIRとの出会いや日本に紹介しようと考えた背景、そこに込められた思いは、こちらのリンク先でも一部公開されています。
なお、2023年11月2日に、このスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版(SSIR-J)は、事業終了とアナウンスされました。
突然のお知らせに私自身も驚いたのですが、よくよく読み込んでみると、継続されるコンテンツも確認できます。
今回のアナウンスによれば、有料会員向けのサービスは閉鎖・終了していくものの、ウェブサイトに集められた記事は今後、一般公開されていくとのことです。
ソーシャルイノベーションとは?
以上、本書『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』発行元であるスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版(SSIR-J)およびスタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー(SSIR)について見てきました。
では、改めてSSIRおよびSSIR-Jの言う『ソーシャルイノベーション(Social Innovation)』とはどのようなものでしょうか?
2003年、SSIRの創刊号のエディターズ・ノートでは、ソーシャルイノベーションについて以下のような定義がなされています。
しかし、2008年にスタンフォード大学のジェームズ・A・フィルズ・ジュニア(James A. Phills Jr.)らによって発表された論文『ソーシャルイノベーションの再発見: 誰が未来をつくるのか(Rediscovering Social Innovation)』の中で以下のような表現に改められました。
また、ソーシャルイノベーションに関わる社会的価値(social value)についても、同論文で以下のように定義されています。
なぜ、ソーシャルイノベーションが必要とされるのか?
『ソーシャルイノベーションの再発見: 誰が未来をつくるのか(Rediscovering Social Innovation)』によれば、1980年代〜2000年代に至るまでに世界で3つの潮流が確認できたと言います。
そして、『ソーシャルイノベーションの再発見: 誰が未来をつくるのか(Rediscovering Social Innovation)』の筆者らはソーシャルイノベーションこそが、持続的な社会変化をどのように理解して表現する際に最も適切な概念だとしています。
なぜなら、先述の社会起業家や社会的企業のみがソーシャルイノベーションを生むわけではなく、非営利団体、企業、政府もまたソーシャルイノベーションを生み出し、社会的価値を提供しうるからです。
また、筆者らは以下のようにも述べています。
上記の表現からは、社会起業家や社会的企業という主体や、企業や政府などの各セクター、持続的なインパクトを生むプロセスを見出す方法論といった個別の要素を超え、それらを包含するムーブメントやダイナミクスとしてソーシャルイノベーションを捉えようという姿勢が垣間見えます。
また、SSIR-Jの共同発起人である井上英之さんは、『「わたし」から物語を始めよう』の中で以下のように述べています。
このように、ソーシャルイノベーションは社会的な潮流というだけではなく、そこにいる「わたし」たち一人ひとりが日々直面している出来事に対してどう向き合うか?という側面からも捉えることができます。
イノベーションとは?
続いて、『ソーシャルイノベーションの再発見: 誰が未来をつくるのか(Rediscovering Social Innovation)』の筆者らはイノベーション(innovation)とは何か?どのような観点で捉えることができるか?について論述しています。
筆者らによれば、イノベーションは以下の4つの観点から捉えることができると言います。
ソーシャルイノベーションとは?
イノベーションについて『ソーシャルイノベーションの再発見: 誰が未来をつくるのか(Rediscovering Social Innovation)』の筆者らは先述のように、4つの特徴的な要素を挙げて区別する重要性を指摘しました。
そして、同論文で筆者らは社会的価値(social value)については以下のように定義しました。
では、ソーシャルイノベーションとはどのようなものでしょうか?
筆者らは一般的なイノベーションについて否定的な意見を持っているわけではありません。
多くのイノベーションが、雇用の増加や生産性の向上、経済成長を通じて社会に利益を生み出しています。コンピュータの発明は、人々の生産性、学習能力、創造性を劇的に向上させるという形で、社会に影響をもたらしました。
しかし、それらのイノベーションとソーシャルイノベーションを区別して、筆者らは以下のような見解を述べています。
営利企業の製薬会社が医薬品の開発をした場合を例に取ると、投資家、開発者、消費者の利益を超えて社会全体に利益をもたらしはするものの、それらの利益はおおよそ一般的な市場原理によって分配され、製品を買う余裕のない人々はその恩恵にあずかることができません。(その隙間を埋めるべく活動するNGOも数多く存在します)
以上のような観点から、2008年にスタンフォード大学のジェームズ・A・フィルズ・ジュニア(James A. Phills Jr.)らによって発表された論文の中で、ソーシャルイノベーションの定義は以下のような表現に改められました。
ソーシャルイノベーションのメカニズム
筆者らによれば、ソーシャルイノベーションは歴史上の特定の時期における文脈の中で生まれ、導入され、拡散するものであり、ソーシャルイノベーションのメカニズム(イノベーションにつながる一連の相互作用と出来事)は、社会やその制度の進化とともに変化するものであると言います。
筆者らが定義した現象やムーブメント、ダイナミクスとしてのソーシャルイノベーションは時代によって社会の環境が変わっても起こりうるものですが、それを生み出す土台である制度や活用できる技術、リソースは時代によって変わっていくものです。
そのような中、筆者らは特に1980年代以降の社会を観察する中で、気候変動や貧困といったグローバルな社会課題に対処するために企業、政府、非営利団体という3つのセクターが協力して取り組む例を多数目撃してきました。
先述した以下のような潮流です。
このように、さまざまな要因による非営利団体、政府、企業の境界線がなくなることにより、以前までよりも自由にアイデア、価値観、役割、関係性、資本が自由にセクター間を流れるようになりました。
上記のような状況を指し、筆者らは現代の社会におけるソーシャルイノベーションの3つのメカニズムが下支えされていると言います。
それは、以下のようなものです。
『すべては1人から始まる』
「わたし」から物語を始めよう
以上、『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』に掲載された『ソーシャルイノベーションの再発見: 誰が未来をつくるのか(Rediscovering Social Innovation)』を中心に紐解きながらソーシャルイノベーションとは何か?についてまとめてきました。
一連の論をまとめてくる中で感じたもの・本当に必要とされるものは何だろう?と考えた時に浮かんできたのは、『すべては1人から始まる』というメッセージでした。
SSIR-Jの共同発起人である井上英之さんは、どのセクターであっても、どのような立場や属性にあっても、社会や環境の課題に直面している誰でもない「わたし」の存在について、語られています。
また、『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』に掲載された『システムリーダーシップの夜明け:変化を起こすのではなく、変化が生まれるように導く』には、以下のような表現も見られます。
このように、ソーシャルイノベーションは誰が担いうるのか?に思いを巡らし、誰でもない「わたし」という存在になったときに浮かんできたメッセージが、『すべては1人から始まる』でした。
ソース原理(Source Principle)
『すべては1人から始まる』とは、2022年10月に出版されたトム・ニクソン氏(Tom Nixon)による書籍のタイトルです。
日本の人事部「HRアワード2023」にも入賞した本書は、イギリス人コンサルタント・コーチであるピーター・カーニック氏が提唱したソース原理(Source Principle)を初めて日本に紹介した書籍です。
では、本書で紹介されているソース(Source)とは、どういった存在でしょうか?
『すべては1人から始まる(原題:Work with Source)』を参照すると、ソース(Source)とは、あるアイデアを実現するために、最初の個人がリスクを取り、最初の無防備な一歩を踏み出したときに自然に生まれる役割を意味しています。
また、本書中の用語解説では、『脆弱なリスクを取って、ビジョンの実現に向けて自らを投資することで、率先して行動する個人のこと』と説明されています。
また、現在未邦訳であるものの世界で初めてソース原理を書籍として紹介したステファン・メルケルバッハ氏(Stefan Merckelbach)は、この役割を担うことになった人について、特に「ソース・パーソン(source person)」と呼んでいます。
トム、ステファンの両者に共通しているのは、ソース(Source)は特別な人だけがなれる役割ではなく、誰もがソース(Source)である、というものです。
アイデアを実現するために一歩踏み出すことは、社会を変えるような大きなプロジェクトの立ち上げに限りません。
自身の研究課題を決めること、就職を思い立つこと、ランチを作ること、休暇の予定を立てること、パートナーシップを築いていくこと等、日常生活の様々な場で誰しもが何かのソース(Source)として生きていることを両者は強調しています。
旅路を振り返りを終え、次の一歩へ
ここまでSSIR-Jの紹介したソーシャルイノベーション(Social Innovation)についてまとめてくる中で、まず「わたし」という存在から始めようということ、「わたし」という存在もまた「変わるべきシステムの一部なのだ」というメッセージを受け取りました。
そうした時、私自身がここ数年、著者らと対話しながら実践を重ねてきていたソース原理(Source Principle)とも重なってくるような感覚が得られました。
本書を手に取ったきっかけで、私がいわゆる「ソーシャル」な取り組みと初めて出会い、活動を始めたのが2013年頃と書きましたが、10年後の2023年になってこうしてこれまで私が歩んできた道程が交わるとは想像もしていませんでした。
この感覚や上述のソーシャルイノベーションに関するまとめも、私自身の視点・レンズを通して描写されたものです。
このまとめを最後まで読んでいただいた皆さんに、何か気づきや発見などがあれば幸いです。
次は『コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装』のまとめと探求に進む予定ですが、もし関心のある方がいらっしゃいましたら、コメントいただいたり、ちょっとお話などもできると嬉しいです。
さらなる探求のための参考リンク
「ソーシャル・イノベーションとは何をすることなのだろう?」
ソーシャルイノベーションは、個人の“もやもや”から始まる。内発性にもとづく協働を実現するには?
「個人のウェルビーイング」 と「ソーシャルイノベーション」の統合へ
さらなる探求のための参考文献
ソーシャル・イノベーション:「社会を変える」力を見つけるには
PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた
NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方
クリエイティブデモクラシー 「わたし」から社会を変える、ソーシャルイノベーションのはじめかた
この記事が参加している募集
サポート、コメント、リアクションその他様々な形の応援は、次の世代に豊かな生態系とコミュニティを遺す種々の活動に役立てていきたいと思います🌱